8月12日、龍山駅前の式典に現れたキム夫婦

写真拡大 (全2枚)

 文在寅大統領のかけ声のもと、徴用工問題が、日韓の新たな火種になりつつある。慰安婦像同様、徴用工像の設置が韓国全土で進んでいる。両モニュメントの中心的な制作者である韓国人夫婦の存在をジャーナリスト・竹中明洋氏は早くから指摘してきた。とうとう、ソウルでその姿をとらえた。

 * * *
 日本の植民地支配から解放された日(光復節)にあたる8月15日、韓国ソウルにある日本大使館前で土砂降りの大雨のなか集まった人たちが次々とシュプレヒコールを挙げていた。

「アベは手のひらで空を覆うことを止めて真実に目を向けろ!」
「日本は戦犯国家として過去の過ちを悔い謝罪せよ!」
「戦犯企業は労働者への未払い賃金を直ちに支払え!」

 集まったのは「日帝強占期被害者全国連合会(以下、連合会)」。植民地時代に強制徴用され日本企業で働かされたとする労働者ら、つまり日本側でいうところの徴用工やその遺族からなる団体だ。

 この日、連合会は徴用工の像を設置するとして記念集会を催した。

 像そのものはまだ出来上がっていないが、設置を目指す場所は6年前に慰安婦の支援団体である挺身隊問題対策協議会(挺対協)が設置した慰安婦像の真横にあたる。

 外国公館の安寧と威厳の保持を定めたウィーン条約に違反するとして日本政府が撤去を求めているにも拘わらず、韓国政府が放置したままにしているあの像と並べて設置するというのだ。

「我々がこの場所に労働者の像を設置する理由は、たった一人であらゆる侮辱に耐えながらぽつねんと佇んでいる少女像を守るためだけでなく、日本を代表する外交官らが少女像と労働者像を目の当たりにすることによって自分たちの過ちを常に記憶し、反面教師としてもらうためだ」

 そう声明文を読み上げてみせた連合会の張徳煥(チャンドクファン)事務総長らは、集まった多くの日韓のメディアの前で、設置予定場所だとする大使館前の歩道にハンマーで釘を打ち込むパフォーマンスまでしてみせた。地元自治体のソウル市鐘路区から設置の許可を得たのか。張氏に尋ねてみた。

「まだ得ていませんが、すでに鐘路区とはやりとりを始めています。許可が出るものと確信しています」

 なぜわざわざ大使館前に設置するのか。

「ひとつは少女像を守るため。もうひとつはここに設置するのが、韓日の社会的な関心を集めるには最も効果的だからです」

 そう話す様子からは、ウィーン条約に抵触することは問題ではないかのようで、違和感を覚えざるを得ない。早ければ9月にも設置するという。完成イメージ図を張氏から入手した。高さ3mもある石柱に徴用工をイメージしたと思われる痩せた男性が彫られ、手が突き出している。強制徴用の歴史を物語るレリーフも彫り込まれるそうだ。

『SAPIO』で繰り返し報じたとおり、この像の制作者は、韓国各地で設置された慰安婦像の制作者と同じ彫刻家のキム・ウンソン氏とキム・ソギョン氏夫妻である。大使館前での徴用工像設置では、準備委員長という立場に就いているという。

 この日も、来場予定だったが、最後まで姿を現さなかった。悪天候のためか、それとも日本メディアの直撃を憂慮したためか。実は、これに先立つ3日前、筆者は夫妻に接触していた。

◆式典に現れた!

 8月12日、ソウルのターミナル駅のひとつ龍山駅前の広場には、水色のお揃いのTシャツを着た韓国の二大労働組合である民主労総と韓国労総のメンバーらが大勢集まっていた。ここで徴用工像の設置を記念する式典が開かれたのだ。これは15日に日本大使館前で集会を開いた連合会とは別の動きで、労組を中心としたもの。連合会より一足早く設置まで漕ぎ着けていた。

 とはいえ、広場を管理する国土交通部は設置の許可を出しておらず、見切り発車的にテープカットが行われた。土地の管理者の許可を得ずに設置を強行するのは、昨年末の釜山の日本総領事館前での設置と同じだ。式典では挺対協のハン・クギョン共同代表が壇上で挨拶したほか、文在寅政権の与党である「共に民主党」の禹元植(ウウォンシク)院内代表も発言した。

「この像を設置するのは実に意味があることです。全世界にこのような像を建て続け、世界中の人々が日帝占領期に強制徴用された労働者の姿を記憶すべきです」

 与党ナンバー2の発言である。徴用工像を慰安婦像同様に今後、世界各地で設置すると宣言したも同然だ。

 広場に設置された像は、昨年8月に民主労総などが京都市内のマンガン鉱山跡に設置したものと同じデザインだった(『SAPIO』5月号参照)。肋骨が浮き出るほど痩せた上半身裸の男性が右手に鶴嘴(つるはし)を持ち、左手を顔の高さまで上げている。

 この像を取り囲むように建てられた4本の石柱には、徴用工の出発駅となったかつての龍山駅や徴用先での労働を写したレリーフが貼り付けられていた。制作者は言うまでもない。あのキム夫妻だ。

 日韓関係に刺さったトゲとなった慰安婦問題を拡大再生産させる慰安婦像を次々と制作するばかりか、徴用工像まで手がけて新たな火種を作ろうとするのはなぜか。そのキム夫妻がこの日の式典に現れたのである。

◆「日本メディアは歪曲する」

 夫のキム・ウンソン氏が壇上にあがって、制作意図を説明する。

「日本による強制徴用で北海道から沖縄まで各地で多くの同胞が労働に就かされ帰って来なかったのです。過酷な労働により亡くなった人は森の中で打ち捨てられ、目印として白いペイントをつけた木の棒が墓標代わりに建てられただけだったといいます。時間が経つと棒が朽ちてしまい、あらためて遺骨を探そうにもどこにあるのかも分からなくなりました。この像はその棒をイメージしたものです。ここに労働者たちがいるのですよ、と伝えるためです」

 痩せこけた上半身はわずかな食料だけで働かされた過酷な労働の実態を、振り上げた手は真っ暗闇の炭坑から地上に出たまぶしさと喜びを、肩に乗った小鳥は抑圧からの解放を、それぞれ表現したのだと解説してみせると、会場から喝采があがる。

 会場で夫婦をつかまえた。だが、夫のキム・ウンソン氏から返ってきたのはこんな反応だった。

「取材には応じません」

──なぜ?

「日本のメディアは歪曲した報道ばかりするからです。私が言ったとおりに書かないでしょう」

──慰安婦像や徴用工の設置をめぐり日韓関係が深刻な問題になっている。これについてどう思うのか。

「コメントしません」

 夫婦は穏やかな笑みを浮かべるが、一切、具体的な言葉を発さない。対照的に、韓国メディアのインタビューには快く応じてみせている。日韓関係の障壁を作っている、その当事者の態度として、納得できるものではなかった。

●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。近著に『沖縄を売った男』。

※SAPIO2017年10月号