『御免状始末 闕所物奉行 裏帳合(中公文庫)』(上田秀人/中央公論新社)

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 闕所(けっしょ)とは、罪を犯した者から財産を没収することだ。江戸時代、財産の召し上げや取り上げた物の競売、それを売った代金の幕府への納付など、闕所に関する一連の実務を行っていたのが、闕所物奉行。「奉行」とは名ばかりで、特段権力があるわけではなく、幕府には軽んじられる存在であった。

『御免状始末 闕所物奉行 裏帳合(中公文庫)』(上田秀人/中央公論新社)は、その闕所物奉行として幕府や闇社会の権力闘争の狭間で奔走した武士の物語である。

 榊扇太郎(さかき・せんたろう)は先祖代々の貧乏御家人。上司の鳥居耀蔵(とりい・ようぞう)に取り立てられ、小人目付より闕所物奉行として「栄転」したが、その裏には鳥居の狡猾な思惑があった。

「闇に身を染めよ」

 鳥居は野心のある男で、将来町奉行になることを強く願っていた。そのためには汚い手段も厭わず、自分の手足として動かせる手駒を求めていた。それに選ばれてしまった扇太郎は、闕所物奉行となり、人の世の「金と罪を見張り、闇を知るよう」に命じられ、その役目を全うしていた。

 ある時、音羽桜木町にある遊郭「尾張屋」が、金の支払いでもめた客の武士を殺害した罪に問われ、闕所の対象となった。扇太郎はいつものように、競売の入札権を持つ古着屋商人の天満屋とともに、その後始末を行っていたのだが、この事件が引き金となり、思いも寄らぬ権力争いが巻き起こる。

 御三家の一人、水戸藩主・徳川斉昭(とくがわ・なりあき)は自身が将軍位を継がんと野心を燃やしており、一方で時の老中・水野忠邦(みずの・ただくに)は、御三家から将軍を出すことを忌避していた。その水野と斉昭との確執に、水野の配下として鳥居が絡み、そしてその火の粉は、扇太郎にも降りかかってくる。

 幕府や藩主という「大権力」の前では、後ろ盾も金もない扇太郎の去就など、思いのままだ。だが、扇太郎はただ翻弄されるだけの存在ではない。知恵と剣術と、自分にできる範囲の最大限の力を行使し、様々な思惑が入り組んだ「巨大権力」という渦の中を、たくましく、したたかに生きていく。

 その姿は、現代人にも通ずるところがあるのではないだろうか。

 ほとんどの人間は、少なからず縦社会の中にいる。規模の大小はあれど、「権力」にさらされて生きているはずだ。理不尽な命令や、従わざるを得ないが自分にとって納得のいかないことも大いにあるだろう。

 しかし、そんな中でも自分を見失わず、頭を使って強く生きていかなければならない。扇太郎の姿は、そんな現代人と重なる。きっと、多くの読者が扇太郎と自身を重ねる一瞬があるのではないだろうか。

 さて、「闕所物奉行」シリーズは2巻以降、続々と刊行される予定だ。これからも、扇太郎の権力に屈しない痛快な生き様を見届けてほしい。また、最新単行本『翻弄 盛親と秀忠』は9月20日発売なので、こちらもぜひ。

文=雨野裾