臨床研究不正が止まらない。『選択』8月号に掲載された「『カネまみれ』医学界との癒着はつづく中外製薬が抗がん剤で『研究不正』」という記事を読んで暗澹たる気持ちとなった。

 この記事が取り上げたのは、6月1日に戸井雅和・京都大学教授(乳腺外科)を中心とした日韓の多施設共同研究グループが、世界最高峰の医学誌である「New England Journal of Medicine (NEJM)」に発表した論文だ。

 HER-2陰性のハイリスクの乳がん患者を対象に、カペシタビン(中外製薬、商品名ゼローダ)のアジュバント(薬物の作用を増強する目的で併用される物質・成分の総称)としての有効性を評価した。結果は衝撃的だった。

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衝撃的な論文に資金疑惑

 2015年3月に行われた中間解析で、カペシタビン群の予後が良好なため、試験は早期打ち切りとなった。カペシタビンは乳がんのアジュバントとして注目されてきた。

 ただ、多くの臨床試験では有効性を示せなかった。だからこそNEJMも注目してこの論文を掲載した。

 ところが、この論文に資金に関する疑惑が持ち上がった。

 論文によれば、一般社団法人JBCRGと特定非営利活動法人先端医療研究支援機構(ACRO)によって助成されたことになっている。論文の記載は以下の通りだ。

“Funded by the Advanced Clinical Research Organization and the Japan Breast Cancer Research Group”

 論文の「方法」のところには、「JBCRGは研究に関わっていない」と明記されている。論文での記載は以下の通りだ。

“The funders and sponsors had no role in the trial design, data collection and analysis, or the interpretation of the results”

 戸井教授たちは、JBCRGとACROからは資金を受け取ったが、研究には関与していないことを明かした。ここまでは、極めて常識的な記載だ。

 ところが、戸井教授はJBCRGの創設者という別の顔を持つ。奇妙なことに、JBCRGの代表理事・常任理事6人中、5人が今回の論文の著者に名を連ねる。

 日本人著者12人中、9人がJBCRG関係者だ。現在、代表理事を務める大野真司・癌研有明病院乳腺センター長も、その1人だ。

 これは普通の人には理解できない理屈だ。なぜ、頭の良い人たちが、あえてこんなことを言うのだろうか

2012年以降3億円を超える資金提供

 『選択』によれば、製薬企業が医師への資金提供を開示し始めた2012年度から2014年度までの間に中外製薬からJBCRGには1億円が寄附されていた。

 ACROにも、2012年から2015年度までに2億円以上が中外製薬から提供されていた。2012年度以降だけで、3億円を超える資金が中外製薬からJBCRGとACROに寄附されていたことになる。

 この研究で使う薬剤は中外製薬が販売する抗がん剤だ。営利企業である中外製薬が、特段の目的もなく寄附する金額ではない。

 さらに『選択』では、プロトコールファイルをみると、作成者は6桁の数字と紹介している。研究者は、PDF作成ソフトは自分で買うから、通常、こんな番号はつけない。企業がまとめて購入し、社員に配る際にする方法だ。何やらきな臭い。

 JBCRGのオフィスは日本橋。ここは製薬企業の本社が集まるところだ。中外製薬もある。このあたりは家賃も高く、好き好んで研究者がオフィスを構えることはない。最初から製薬企業が丸抱えだった可能性が高い。

 誤解がないように申し上げたいが、私は製薬企業が臨床研究に関与するのを否定しているのではない。臨床医と製薬企業が、それぞれの専門性を生かし、患者のために研究することは素晴らしい。

 ただ、そうならはっきりとそのことを明示すればいい。

 余談だが、『選択』の指摘は、戸井教授たちにも効いたようだ。8月24日にNEJMに掲載された読者からの質問への回答で、自らがJBCRGの理事であることを認めた。具体的な記載は以下だ。

“Drs. Toi and Masuda, and other authors of the June 1 article, report being members of the board of the Japan Breast Cancer Research Group.”

 ただ、この文章を書いている9月5日現在、「JBCRGは研究に関与していない」という原著での記載は訂正していない。

公にしたくないカネの授受

 以上をまとめると、「自分たちはJBCRGの理事で、JBCRGから金をもらったが、JBCRGは研究には一切関与していない」と主張していることになる。もちろん「中外製薬から巨額の資金が提供された」とは書いていない。

 彼らの主張は、全く矛盾しているし、その対応もあまりにもせこい。「堂々と製薬企業から金を貰いました。一緒にやりました」と言えばいい。

 なぜ、研究者たちは、このような手の込んだことをするのだろうか。

 中外製薬から戸井教授にカネを渡したければ、京都大学に寄附金や業務委託として支払えばいい。この場合、大学が事務処理を一切引き受ける。個人の賞金なら、税金は年末調整で処理してくれる。

 ただ、この場合、大学が資金の管理をすべてチェックする。面倒だ。このようなルートを介さないのは、使い勝手の良い金を手に入れるためと考えるのが妥当だ。

 例えば、ACROを例に説明しよう。この組織は製薬企業の社員が独立して立ち上げた。現在の理事長は国立がん研究センター(国がん)の元部長が務める。私が国がん在籍中に、上司としてお仕えした経験のある人物だ。

 ACROの機能は研究のサポート。そのうち、最も大きいのは製薬企業から資金を集め、研究者に分配することだ。研究者は、ACROに多少の手数料を抜かれるが、「大学や病院の事務を介さずにすむ使い勝手の良いカネ」を手に入れることができる。

 もし国がんや京大に直接カネを入れれば、事務方の厳しいチェックを受ける。そのためACROは研究者にとって有り難い“財布”となる。

 大学の事務方と比べ任意団体はチェックが緩いので、私的流用されやすい。戸井教授を知る人物は「戸井教授は『JBCRGは一般社団と任意団体の2つあり、今回の研究は任意団体が行った』と説明している」と言う。 

 JBCRGという団体が2つあるとすれば、前述の戸井教授の説明も理屈が通る。

 「自分たちは『一般社団法人』JBCRGの理事で、『一般社団法人』JBCRGからカネをもらったが、(研究を実施したのは任意団体JBCRGで)、『一般社団法人』JBCRGは研究には一切関与していない」というロジックだ。

 これは、かつて政治家がよく使った手だ。

政治の世界では遺物となった手法

 「自発的」に立ち上がった後援会が、会員から「自主的」に会費を集める。この組織は任意団体だが、政治家の政治資金管理団体と名前は同じ。多くの有権者は区別がつかない。

 このようにして集めた金を政治家は政治資金に流用する。任意団体だから、収支の報告義務がない。もちろん、この方法は資金の使い方次第で違法となる。刑事事件になったことも少なくない。

 今回のケースで、私が関心を抱いているのは、ACROから研究者にどのようにカネが渡っていたか、そして、そのカネをどのように使っていたかだ。

 前者については、京大やJBCRGに振り込まれた可能性も否定できないが、おそらく違うだろう。それなら最初から京大やJBCRGに入金した方がいい。ACROを介した分だけ、手数料を取られるからだ。

 私は任意団体に入れていた可能性が高いと考えている。かつて、よく使われた手だ。

 BCRGは任意団体として立ち上がり、その後、一般社団法人へと改組した。研究費助成金を支払ったACROが両者の区分がついていなかったとしても不思議ではない。

 一方、ACROのような第三者機関を介して、研究者に渡った資金の使途については、これまで、医療界では、ほとんど議論されてこなかった。

 私は昨年4月に東京大学から独立し、NPOの理事長と個人事業者となった。オフィスを借り、4人の常勤スタッフを雇用している。彼らが経理を担当し、税理士がチェックする。

 私の経験から言えるのは、2億円の経費を使うことは極めて難しい。任意団体JBCRGは、オフィスを借り、専属のスタッフを雇用していたのだろうか。

 支出が少なく、「利益」が出れば、納税義務が発生する。あまり知られていないが、学術研究に対する賞金や研究助成金にも納税義務が生じる。例外はノーベル賞だけだ。

 研究や教育など非営利事業に関しては、NPO法人は免税される。その代わり、情報開示義務を負う。研究支援を本務とするACROがNPO法人となったのは、このためだろう。

 JBCRGは一般社団、任意団体を選択した。このような団体は動きやすいが、納税の義務がある。

重加算税などを加えて7000万円の納税義務

 中外製薬からACROに渡ったのは2億円。もし、これが戸井教授らに渡っていたなら、経費を差し引いても、当時の最高税率である40%の所得税がかかるだろう。

 税理士の上田和朗氏は「もし、申告していなければ過少申告加算税、重加算税、延滞税、さらに住民税などがかかる。平均的な経費が認められたとしても7000万円程度を支払うことになるでしょう。悪質と捉えられると起訴される可能性がある」と言う。

 2012年のノバルティスファーマの臨床研究不正をきっかけに、今春、臨床研究法が施行された。製薬企業から医師への資金提供に関する情報開示が義務化された。

 立法化の過程でも、第三者を介した資金提供が問題視された。日本医学会は利益相反として報告するように勧告した。

 ところが、臨床研究法は第三者機関を介した資金提供は規制しなかった。内部告発でもない限り、迂回寄附であることを証明できないからだ。

 そのような疑惑が持ち上がっても、関係者に問い合わせれば「適切に対応しました」とお茶を濁すので、それ以上の追及は難しい。

 ただ、こんなことを続けていれば、社会からの信頼を失う。『選択』の記事を読んだ医師の中には「ノバルティスファーマ事件で医療界は信頼を失った。今回のケースを見ていて、「抗がん剤は信頼できない」と言って、民間療法に走る人がいるのも理解できる」と言う人もいる。

 昨今、マスコミはがんに対する民間療法叩きに懸命だ。記事の中には国立がんセンターの元幹部など有識者が出て来て、「エビデンスがない治療を推奨するのは怪しからん」と批判する。

 今回の疑惑は、彼らが尊重するエビデンスの信頼性を根底から揺るがすことになる。ところが、この疑惑に対して、誰も批判しない。これでは同じ穴の狢と言われても仕方ない。

 さらに、このまま黙りを決め込めば、将来の医療へも悪影響を及ぼす。それは今回のやり方がフェアではないからだ。医学生や若手医師などの、若手がもっとも嫌う。次世代が育たなければ、日本の臨床研究のレベルは低下する。ツケは患者が払うことになる。

 戸井教授は矛盾を放置せず、何がどうなって、こんな記載になったのか、社会に説明していただきたいと思う。それが京大教授というリーダーの「責務」ではなかろうか。

筆者:上 昌広