定時帰りの、腰掛けOLたち。

楽な仕事に給湯室での井戸端会議、充実したアフターファイブ。

”安定”という鎧を手に入れた彼女たちは保守的で、誰かが幸せにしてくれるのを待っている。

丸の内の大手損保会社に勤める愛華(26)も、その一人。典型的な腰掛けOLである彼女には、実はこんなあだ名がある。

“にゃんにゃんOL”、と。

元OLのアリサ(29)から檄を飛ばされ、腹黒系にゃんにゃん結衣に蹴落とされそうになりながらも、意中の商社マン・和樹に“可愛い”と褒められ喜ぶ愛華。

今週の愛華は何を思う...?




「和樹さんと、最近どうなの?」

洗面所で結衣に話しかけられた途端、ディオールのリップグロスを持つ手が思わず止まった。

喜びが顔から滲み出てしまい、つい笑顔になる。

「この前食事へ行った時に、ちょっと良い感じになって。それで今度は、二人で食事に行こうって話になってるの。」

アリサさん達と四人でご飯へ行って以来、和樹さんと何となく距離が縮まり、次は二人で食事に行こうという話になっているのだ。

「そうなんだぁ。よかったね、愛華ちゃん幸せそうな顔してるもん。でも和樹さんって何の仕事してるんだっけ?どこの部署?」

結衣を見ると、何食わぬ顔をしてチークを塗っている。

「あれ?結衣ちゃん知らなかったっけ?商社の、エネルギー系の部署にいるよ。」

たしか、結衣は知っていたはずだ。和樹が商社マンだということを。なぜ今更聞いたのだろうか?

「ふ〜ん、そうなんだ。どこの商社?」

「大手町で、本社が移転予定の総合商社だけど。」

和樹の話をしながら、少し鼻高々になった自分がいた。これだけ言うと、大概のOLたちは和樹のランクを推し量れるから。

あえて会社名を言わなくても、業種とオフィスの場所、そして所属部署だけで十分だ。

それだけで、結婚に対してアンテナを張り巡らせている女性たちは、男性の年収を推測できるくらいの情報量を持っている。

「へぇ...愛華ちゃん、良かったね。」

そう言う結衣の顔が、少し歪んでいたのは気のせいかしら。


彼や旦那のステータスで、自らの立場も勘違いし始める女たち


損保会社の社内恋愛事情。そこに垣間見られるのは、彼女たちの葛藤


「結衣ちゃんは?最近どうなの?」

アリサさんとの食事に向かうため、結衣と一緒にオフィスを出て歩き始めた。

18時の丸の内はいつも混んでいて、狭い地下鉄の入り口に次々と人が吸い込まれていく。

「相変わらず、優しいよ。」

結衣の彼氏は、社内のうんと年上の人。彼が結婚していることは皆知っているけれど、それは暗黙の了解と言うか、触れてはいけぬ領域にある。

何故なら、社内にそういう関係の人はたくさんいるから。

社内恋愛の(しかも既婚者の)恋愛なんてお先真っ暗。そう思うのだけれど、社内で大人の関係になっている人は想像以上に多い。

そんな恋愛をしている人に限って、皆口を揃えて言うことがある。

“出会いがない”と。

「来月の私の誕生日には、ペニンシュラの、しかもスイートルームの部屋を予約してくれてるの!最高でしょ?」

結衣は口ではそう言っているけれど、私は知っている。

和樹さんと付き合うことを、実は面白く思っていないことを。

私たちは、所詮横並び。

どんなに仕事を頑張ったところで、出世なんてたかが知れているし、年収1,000万以上を、自分で稼げる希望もない。

だからこそ、私たちには必要なのだ。
未来の旦那の経済力と、ステータスが。

横並び一列から頭一つ抜きん出るためには、旦那の経済力が物を言う。自分たち自身のことを比較しても、仕方ない。

あの子よりちょっと可愛いとか、足が細いとか、大人になるにつれそこに重きは置かなくなる。

どちらが幸せか?全てはそこにある。

そんなことを考えていると、いつの間にか待ち合わせの『P.C.M. Pub Cardinal Marunouchi』に着いていた。




「愛華、結衣ちゃん、こっちこっち!」

既にアリサさんは先に店に着いており、明らかに外資系企業勤めと思われる上質なスーツを着ている男性に声をかけられていた。

今日もアリサさんは長い髪をなびかせ、いい女オーラを振りまいているのを見て、思わず丁寧に巻いた自分の髪を、自信を取り戻すかのごとく強く握る。

-私の方が若いから、大丈夫。

また呪文のように呟き、店内に足を踏み入れる。

週末の『P.C.M. Pub Cardinal Marunouchi』は仕事帰りのサラリーマンや私たちのような女性陣でごったがえしていた。

外資系の会社で働く男性が多く集まるこの店には、慣れない英語も飛び交っている。

「ここのお店、結構いい男性がいるかもよ。」

アリサさんが、いたずらっ子のような顔で、私と結衣に耳打ちしてきた。


どっちの彼の方が高スペック?職業と会社名検索で調べつくす


旦那や彼の年収を、静かに比較し合うにゃんにゃんOLたち


熱気溢れる店内で、私たちの喉はカラカラだった。今日は、普段飲まないビールが美味しく感じる。

「そう言えば、アリサさんは今彼氏さんとかいらっしゃらないんですか?」

アリサさんはいつも、取っ替え引っ替えデートをしている。

昨年、結構真剣に向き合っていた彼氏はたしか六本木ヒルズにある外資系証券会社勤めの30過ぎくらいの男性だった。

彼らの年収は、最低でも推定2,000万以上。和樹さんには申し訳ないけれど、日系の商社マンの比ではない。

「私?そうねぇ。何となく、デートしている人はいるけど...」

グラスに残っていたマティーニを、アリサさんはぐいっと飲み干した。その仕草がまた男前で、思わず笑ってしまう。




困った時のGoogle 先生。年収も、すべて教えてくれるから


「えー!何の仕事してる人ですか?」

結衣が無邪気そうにアリサさんに聞いている。

でも、この結衣の質問の本意を私は知っている。

彼が何の仕事をしているのか?本当に聞きたいことは、それではない。何をしていようが、こちらには関係ない。

本音は、その職業から割りあてる年収で、自分の手持ち駒(彼や旦那)と、相手の持ち駒を比較したいのだ。

「経営者仲間ってところかな。」

経営者仲間...最も推測し難い答えに、私も結衣も思わず返答に詰まる。

医者や大企業のサラリーマン達なら、ネットで




と検索すれば出てくる。

しかし、経営者となると難しい。比較しようのない相手に対しては、嫉妬心をどこへ向ければいいのかも分からない。

人は、少し手の届きそうな物、相手に対して嫉妬するから。

だから結衣は私に嫉妬心を向けるし、私も結衣の相手をどうも斜に構えて見てしまうのかもしれない。

「それは、お幸せそうで何よりですね。アリサさんの彼氏さんなら、素敵な人に決まってますね!」

アリサさんは、もはや戦っている土壌が違う。だから嫉妬の対象にはならない。

だけれども、毎日職場で顔を合わせ、何となく目標としている生活ゴールが似ている結衣だけには負けたくないな...

そう考えると、和樹で勝ち目があるのか少し不安にもなる。
もっと、上を目指すべきなのかしら?

「Siriが、私の将来の旦那様は誰なのか教えてくれたらいいのに...」

和樹さんと結婚できれば最高だけれど、上には上がいる。

悶々と考えている間にも、華やぐ丸の内の夜は刻々とふけていった。

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