女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

違うカテゴリーとなった女ともだちとは、もはや疎遠になっていくしかないのだろうか?

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。しかし、理香がいち早くママとなったことで関係に異変が

30歳の誕生日目前、ついに結婚が決まったあゆみ。

沙耶を残して“そっち(理香)側”に行けたと喜ぶあゆみだったが、理香とあゆみは同じカテゴリーではないことを思い知る。




結婚が決まり、安堵したのもつかの間...


“沙耶、今日会える?聞いて欲しい話があるの”

一瞬だけ人影がまばらになったオフィスで、あゆみは勢いに任せて沙耶にLINEを送った。そして深く、大きなため息を吐く。

今日はずっと、先月リリースしたアプリの利用者属性データを分析している。

しかし黙々とPC画面を見つめデータ加工をしていると、思考を遮るようにしてある女の顔が脳裏に浮かび、あゆみの心に波風を立ていくのだ。



「ブラックアフタヌーンティーの予約が取れたの。ふたりで行かない?」

理香からそう誘われたのは、2週間ほど前のことである。

あゆみが結婚の報告をした日から、それまで頻繁に会っていた沙耶とは距離ができ、逆にそれまで疎遠だった理香とよく連絡を取るようになっていた。

理香はあえて「ふたりで」と言った。

それはつまり、独身の沙耶抜きで話しましょう、という誘いである。

「妻」となった女がしたい話...例えば結婚式や新居のこと、新婚生活についてのあれこれを独身女の前でするのは憚られる。

仲間外れにする気はないが、今回は確かにふたりの方が気楽でいいだろう。

理香との「妻」トークを、あゆみは心待ちにさえしていた。

-やっと“そっち(理香)側”に行けた。

そう思って安堵していたが、しかし実際はそう単純ではなかったのだ。


同じ妻でも、理香とあゆみには違いがある。沙耶には語らなかった、あゆみの葛藤とは


私と理香の差


水曜の午後。

アマン東京のティーラウンジは、窓から穏やかに差し込む光に包まれ、上品なさざめきを纏っている。

隙を見て午後休を申請し、最低限の仕事を終えて逃げるように会社を出てきたあゆみの目に、そこは別世界のように映った。

「来てくれてありがとう」

そう言って微笑む理香の両耳で光る、アルハンブラのピアス。ゆったりと、優美な仕草でソファに腰を下ろす理香は、しかしその別世界にすっかり馴染んで見えた。

彼から受けたプロポーズの話や、式場やドレス選びのこと。途中、ハイヒール型のチョコレートに揃って歓声をあげたりしながら、一通りの近況報告を終える。

理香とこうしてふたりきりで会うのなんて、何年ぶりだろう。こんな風にまた同じ目線で、和気藹々と会話できる日が来るなんて。

しかし、そう感じたのはつかの間だった。

あゆみの話が一区切りするのを待っていたかのように、理香が突如話題を変えたのだ。



「子どもは、早い方がいいわよ。子育てって、本当に体力勝負だから」

その一言をきっかけに、あゆみと理香の世界は再び分断されてしまった。せっかく昔のように和やかな空気が漂い始めたのに、一瞬にして。

「いや、私しばらく子どもは...」

あゆみはそう言って話題を変えようと試みたが「30歳過ぎて、何言ってるの」と逆に説教タイムに突入してしまう始末。

理香はあゆみの反応などお構いなしに、いかに子育てが大変で、しかしどれだけ充実感があるかを延々語り続けていたが、正直あゆみの耳には、遠くで見知らぬ誰かが話す戯言にしか聞こえてこなかった。

-理香が、こんなにバランスのない女だったとは思わなかった。

あゆみは大学卒業後、まだベンチャーの類に入るIT企業に就職した。第一志望の広告代理店(沙耶が入社した会社である)に最終面接で落ち、それでも東京で自活するために8年間ハードワークに耐えて頑張ってきたのだ。

いったん、休息を取りたい。

結婚が決まったからと言って、すぐに子育てをしたいと思えなくても仕方ないじゃないか。

それに、経済的な問題だってある。

あゆみの夫は同じIT企業に勤める2つ上の先輩で、10歳も年上の投資ファンド経営者である理香の夫とは違う。彼の収入だけで今と同じ生活水準を保つことは難しい。

今の仕事と家事・育児を両立させる自信はないから頃合いを見て退職するつもりだが、落ち着いたら何か自宅でできるビジネスでも考えて、ある程度は自力で稼げるようになってから。その上で、でないと現実的に子育ては無理だ。

-働く必要のない理香に、私の気持ちなんてわからない。

「うちの息子ももう3歳でしょう。最近はお受験の塾に通わせているんだけど...」

嫌が応にも耳に流れてくる理香の話が、どういう脈略で息子のお受験の話に変わったのか、あゆみにはもはやわからない。

しかし、これだけはわかる。あゆみが理香とふたりで会うことは、もうないだろう。


あゆみが理香に抱く、複雑な感情。それは、遠い昔の記憶にまで遡る。


羨ましいから、妬ましい。


「嫌だ、シッターから呼び出しだわ」

窓から差し込む日差しの角度が変わった頃、理香がそう言ってわざとらしく眉をしかめた。

スマホを覗き込み、何やら英語で届いているらしいLINEを小さく音読しながらひとりでくすくすと笑っている。

「じゃ、帰ろうか」

救いの手とばかりに席を立ち、理香を振り返ったその時、あゆみはハッと胸を打たれるような衝撃を受けて言葉を失ってしまった。

夕刻のオレンジ色の光に包まれて、息子のことを思いながら笑う理香の笑顔はとても柔らかく、神々しく、あまりに美しかったから。




あゆみが夫と一緒に暮らす新居は、清澄白河にある。

自宅に戻る途中にある庭園をゆっくり歩きながら、あゆみはぼんやりと遠い昔の記憶を思い出していた。

慶應義塾大学の日吉キャンパスで、理香と沙耶と出会った頃のことだ。

経済学部の沙耶、政治学科の理香、そして商学部のあゆみ。学部の違う3人は、一般教養の心理学の授業で出会った。

どちらかというと童顔で可愛らしい雰囲気のあゆみ、ショートヘアが似合う涼しげな顔立ちの理香、派手な顔立ちに大きな唇が色っぽい沙耶。

皆それぞれに可愛らしく、モテてもいたが、中でもその控えめな美貌で男の子たちの視線を一身に集めていたのは、やはり理香だった。

3人でテニスサークルの新歓コンパに顔を出した時も、男の子たちが露骨に理香の周りにばかり群がるものだから、沙耶とふたりで拗ねたこともあった。

それに理香は、知的で努力家でもある。

外資系に就職したいから、と将来を見据え、知らぬうちに独学で英語の勉強もしていて、ついにTOEIC900点台を叩き出したと聞いた時は目を丸くした。

そうして望み通り外資系ジュエリーブランドに入社し、たった1年で念願の広報部に異動。順風満帆にキャリアを積み上げていく理香に、あゆみは友達ながら尊敬の念すら抱いていたのだった。

そんな魅力的な彼女を射止めたいと思う男性が数多くいたことは想像にたやすく、27歳という適齢期で経済力ある男性に見初められたことも、苦労なく子宝に恵まれたことも、すべては理香自身が掴みとった幸せである。

-理香には、敵わない。

理香が、羨ましい。そして、妬ましい。

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女にとって、仕事とは何か。専業主婦VS兼業主婦、それぞれの主張。