最初から決断力のなさを露呈してしまった前原新代表(撮影:尾形文繁)

「党再生のラストチャンス」といわれていた民進党がまたもドタバタ劇を演じた。9月1日の同党代表選を制した前原誠司新代表が、最初の関門となる新執行部人事でいきなりつまずいた。

「自らの政治生命を賭ける」と悲壮な覚悟で代表となった前原氏は、党運営の要となる幹事長に若手論客で知名度の高い山尾志桜里元政調会長を起用しようとしたが、党内の反発にあって土壇場の撤回を余儀なくされた。いったん内定した幹事長人事が党内事情で覆ったことで前原氏の代表としての求心力は一気に低下し、相変わらずの「党内バラバラ」の露呈で「再び政権党に」との目標も視界から消えた。

前原氏は5日夕の同党両院議員総会に最終的な人事案を提案、異論なく了承された。代表選で前原陣営の選対本部長を務めた大島敦元副総務相を幹事長に起用、代表選で競った枝野幸男元官房長官を代表代行に充てた。階猛政調会長、長妻昭選対委員長などの主要人事は事前の調整通りとなったが、山尾氏は結局、要職には就かなかった。人事全体をみれば党内バランスに配慮した挙党体制ともいえ、前原氏は「私は独裁者ではない」と釈明した。だが、肝心かなめの幹事長人事での迷走が新体制のイメージダウンにつながったことは否定できない。

「経験不足で党が混乱する」との批判噴出

代表就任直後に人事に着手した前原氏にとって、幹事長人事が最重要課題だった。党内ではすぐに「ライバルで親友の枝野幸男氏との二人三脚が党結束への早道」(幹部)との理由で枝野幹事長説が浮上したが、「党刷新と清新さのアピール」を狙った前原氏は山尾氏に幹事長就任を打診、内諾した山尾氏は早速地方遊説などで「決意表明」してみせた。

しかし、「山尾幹事長」が大きく報道されると、党内では当選2回、43歳の若手女性議員の抜擢に対する不安や不満が広がった。前原氏を支持したベテラン議員も「党内の離党予備軍の説得や国会対策などを考えると経験不足の山尾氏では混乱するばかり」と苦言を呈した。このため、前原氏は4日午後に山尾氏と代表代行に内定していた大島氏との3者協議で「山尾幹事長」を撤回し、大島氏に差し替える案を示したとされる。

山尾氏は2016年2月の衆院予算委員会で「保育園落ちた、日本死ね」と過激な言葉を書き込んだ匿名ブログを取り上げ、1強を誇る安倍晋三首相を厳しく追及したことで脚光を浴び、民進党初代代表の岡田克也氏は2016年3月の人事で山尾氏を党政調会長に抜擢した。ただ、その直後に週刊誌に不明朗な政治資金疑惑を指摘されたが、東大法学部卒のエリート検事出身にもかかわらず明確な説明を避けてきた。今回の人事ではそうした過去も問題視されたとみられる。

山尾氏の代わりに幹事長に就任した大島氏は60歳、当選6回のベテラン議員で党運営の経験も豊富だ。ただ、縁の下の力持ちに徹してきたことから政界での知名度は低く、山尾氏のような華やかさにも欠ける。野党第1党の幹事長は「党の顔」として大向こうをうならせるような言動で政権追及の先頭に立つのが使命ともいえるだけに、「大島氏ではいかにも地味すぎる」(若手)との不満も広がる。

現在の民進党の立場は「長期低迷からいかに脱却するかが問われている。人事で党内事情を優先しているような場合ではない」(長老)だけに、党内からは「リーダーはいったん決めたことは押し通すべきだった」(若手)との前原代表への批判も相次ぐ。とても挙党一致とはいえない新執行部のスタートだけに、前原氏の指導力に疑問符が付いただけでなく、民進党の前途の危うさも浮き彫りにする執行部人事となった。

鬼門の幹事長人事、統率力不足も露呈

民進党にとって幹事長人事は鬼門ともいえる。

昨年9月の代表選で圧勝した蓮舫前代表は、民主党政権崩壊時の首相だった野田佳彦氏を幹事長に起用したことが、党内での蓮舫体制への不信感を拡大させたとみられている。しかも、今年7月の東京都議選敗北後の代表辞任劇では、蓮舫氏をかばうために野田氏が幹事長辞任を決断したのに、誰も後任幹事長を引き受けようとしなかったことが蓮舫氏を代表辞任に追い込んだ。蓮舫氏は辞任会見で「強い党を新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だ。統率する力が私には不足していた」と語ったが、今回の幹事長人事での迷走はまさに前原氏の統率力不足の結果でもある。

8月3日の内閣改造・自民党役員人事で政権運営の立て直しを図った首相は麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、二階俊博党幹事長という「政権の骨格」は変えなかった。人材豊富な自民党でも「骨格維持が安定政権の要諦」(自民長老)とされる。これに比べ今回の前原氏の幹事長人事は「骨格の重要さ」よりもイメージアップなど大向こう受けを狙い、党内の反発を受けて撤回を余儀なくされた。これは「党の結束か、政治路線の統一か、それとも選挙目当てか、という明確な方針がないままの人選」(首相経験者)だったことが原因ともみえる。

8月下旬に実施された民進党代表選に関するメディアの報道は「これまでになく地味」(党幹部)だった。予想通りの「前原・枝野対決」で意外性も新味もなかったからだ。代表選後の前原新体制の人事も、その延長線上で淡々とした報道が続いた。このため、幹事長人事の混乱が大きく扱われたのは「皮肉な結果」(同)でもある。予定調和的に進んできた人事の土壇場での迷走が取材現場を混乱させたことで、背景説明などの解説記事には担当記者の苛立ちもにじんだ。自民党幹部も「わざわざメディアを敵に回すなんて…」と苦笑している。

改めて9月1日の代表選の結果をみると、今回の騒動の遠因も見えてくる。代表選は国会議員、公認候補者、地方議員、党員・サポーターのそれぞれの投票をポイント制で集計する方式だったが、合計ポイントでは前原氏502、枝野氏332と一定の差がついたものの、国会議員票の83対51は「枝野氏の予想外の善戦」(党幹部)とされた。党内議員グループの8割以上を抑えたはずの前原氏の票が伸びなかった背景には「勝ちを意識した前原氏が路線論争などでリベラル派に歩み寄ったことが、保守系議員の不満と反発につながった」(同)との分析もある。

8人もの国会議員が無効票を投じたのもその延長線上とみられており、だからこそ、前原氏は当選挨拶の冒頭で「非常に難しい船出」と語ったのだ。ただ、「党結束」のための「離党予備軍」の説得の重要さを認識していれば、「山尾幹事長」という発想は浮かぶはずがなかったともいえる。新党さきがけ時代から前原氏と親交のある自民元議員は「そもそも、人事の何たるかを理解していなかったのでは」と首を傾げる。

「解党して野党再編」に活路を求めるしかないのでは

民主党時代の2005年から43歳の若さで代表を務めた前原氏にとって、今回は満を持しての再登板だったはずだ。対立候補だった枝野幸男氏とともに「民主党政権崩壊の戦犯」との党内外の批判には「失敗したからこそ、これからその経験が生きる。初めての人ではまた同じ失敗を繰り返す」と反論してみせた。

しかし、政治路線問題を核とする根深い党内対立のあおりともみえる目玉人事の撤回で「政党としての根源的な矛盾がリーダーの手足を縛る」(党幹部)という民進党の実態が露呈した。党長老は「もはや党の体質は変えようがない。このままじり貧になるより、解党して野党再編に活路を見出すしかない」と指摘するが、野党再編論を主張してきた前原氏が今後、代表としての求心力を取り戻して「乾坤一擲の大勝負」(側近)に出るチャンスが到来するのかどうか。