北朝鮮、6回目の核実験(KCNA/UPI/アフロ)

写真拡大

 北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長による「グアムへの弾道ミサイル発射も辞さない」という脅しに、世界が釘付けになった。アメリカのトランプ大統領も、北朝鮮に対し「かつてないような炎と怒りをぶつける」「臨戦態勢にある」など強硬姿勢で応じた。いわば、双方とも「言葉のミサイル」をぶつけ合ったようなものだ。その都度、内外の株価は上下した。

 結果的には、金委員長が「アメリカの行動をもう少し見守る」と発言し、発射を控えたため、トランプ大統領も「金正恩は非常に賢明で、筋の通った選択をした」と態度を一変。当面、戦争の危機は避けられたようだ。そもそも、アメリカ軍は北朝鮮と戦争に臨むような準備をまったくしていなかった。8月21日からの米韓合同軍事演習に関しても、これは以前から予定されていたもの。北朝鮮のグアム攻撃発言に対応したものではない。

 その意味では、トランプ大統領による「臨戦態勢」発言は口先だけの実体の伴わないものであった。第一、米空母のカール・ビンソンもロナルド・レーガンも6月に朝鮮半島近海から退去したままだ。要は、アメリカも北朝鮮も本音では戦争を望んでいないのである。

 では、「戦争も辞さない」とする過激な発言を双方が繰り返した背景はなんなのか。この点を押さえておかなければ、米朝関係の表面的な対立志向に翻弄されるだけで終わってしまう。実は、北朝鮮の核ミサイル開発によって一番得をしているのは誰か、ということを冷静に判断する必要がある。

 その答えは、北朝鮮である。アメリカへの抑止力を確保した上で、韓国や中国に対しても強い立場で交渉できるカードを手に入れたといえるからだ。

●THAADの意義

 北朝鮮のミサイルの脅威に対応するため、アメリカは韓国にTHAADと呼ばれる高高度の迎撃ミサイルシステムを配備したが、今回の米朝間の応酬を経て、さらに追加配備が計画されることになった。この迎撃ミサイルシステムは、北朝鮮のミサイルにはまったく無力であることは軍事関係者の間では周知の事実であるにもかかわらずである。

 では、なぜ配備が進んでいるかといえば、中国国内の軍事的動きを把握する強力なレーダー機能がある上に、中国からのミサイルを打ち落とすことが可能となるからだ。アメリカは北朝鮮ではなく、中国の将来的な脅威に対応する目的でTHAADの配備を進めているわけだ。しかし、表向きは「金正恩が何をするかわからないため」と、北朝鮮をTHAAD配備の言い訳に利用しているにすぎない。もちろん、アメリカの軍需産業にとっては実においしい話であり、トランプ政権万々歳である。日本もアメリカから新たに防衛ミサイルシステムを購入することになった。

 しかも、注目すべきはTHAADの韓国内配備は北朝鮮にもメリットが大きい点だ。THAADの配備は中国にとってはかつてない脅威となっている。そのため、配備を容認し、追加配備にも前向きな韓国に対し、中国政府は猛反発。そのあおりを食って、中国内の韓国企業は次々と撤退を余儀なくされるようになった。また、韓国を訪問する中国人観光客は激減。中国と韓国の経済通商関係は悪化の一途である。韓国経済にとっては深刻な事態だ。

 結果的に中国との関係の冷え込む韓国は、北朝鮮との関係改善に活路を見いださざるを得ない状況に追い込まれている。これこそ、金委員長が大陸間弾道弾(ICBM)の開発によりアメリカを脅し、韓国へのTHAAD配備を進めさせた理由である。その狙いは中国を韓国、アメリカから引き離すことにほかならない。そうすれば、中国は否応なく、北朝鮮を支援することになるはずだ。

●「北朝鮮は第2の中国」

 こうした深慮遠謀を企てているのが金委員長なのである。確かに、世界にとって最も謎の多い国の代名詞が北朝鮮であろう。55年前から経済データの公表をすべて中止しているお国柄だ。史上最年少ともいわれる、33歳の若き指導者、金委員長にしてもさまざまなミステリーが付きまとっている。その多くは根拠がはっきりしないもの。とはいえ、北朝鮮に関する情報はなかなか外部からはうかがい知れないため、噂に尾ひれが付きやすい。検証するのが難しいため、世界のメディアが好き勝手に誇張した独裁的指導者の姿を撒き散らしているのが現実である。

 幼いころから皇帝のような特殊な環境で育てられたため、自らがリスクを取ることには躊躇をしないという性格が身についているようだ。国家の最高指導者に就任してからも核開発やミサイルの発射実験など世界の批判を浴びながらも一向に動じる気配を見せていない。その背景には彼独自の深慮遠謀が隠されていると思われる。

「北朝鮮は第2の中国」を目指している。「1980年代の中国」と同じ状況であるという見方も、欧米の投資家の間では有名だ。韓国はじめ、中国、ロシアといった周辺国やアメリカ、イギリスの支援を得ることで、豊富な地下資源を開発することに成功すれば、北朝鮮は現在の中国のように急成長することが期待される。

 実は、2015年4月、北朝鮮のリスヨン外相はインドを訪問し、スワラジ外相との間で北朝鮮の地下資源開発と輸出契約の基本合意に達している。インドにとっては、中国と北朝鮮の関係が変化するなか、北朝鮮との資源外交を強化しようとの思惑が見え隠れする。要は、国境紛争やインド洋への影響力を強めつつある中国をけん制するためにも、北朝鮮を懐柔しようとするのがインドの狙いと思われる。

 このことを若き指導者、金委員長は十分認識しているに違いない。なぜなら、権力の座に就くやいなや、「経済と軍事の対等化」宣言を発しているからである。それまでの軍事最優先の路線から経済発展を同じく最重視する姿勢を打ち出した。国内の農民に対しても自由度を増す政策を発表。収穫物の最低3割、場合によっては4割から6割を手元に残すことが認められるようになったという。

 工場や商店に対しても収益を上げた額に応じて報奨金を出すことを決定。生産性の向上を最優先する意向にほかならない。経済特区の数も当初の25カ所から今や500カ所近くに拡大するなど、矢継ぎ早に父親時代を塗り替える政策に邁進している。

 その結果、首都・平壌は今では「ピョンハッタン」と呼ばれるほどで、ニューヨークのマンハッタンを模してファッショナブルなブティックやレストランも登場し、携帯電話や自動車の数も急増中。こうした金正恩体制下での変化を北朝鮮の国民も徐々に感じているはずだ。

●日本の希望的観測

 こうした現実を見ずして、北朝鮮のミサイルや核開発のみに一喜一憂していたのでは、世界の動きから取り残されてしまうだろう。日本では知られていないが、トランプ政権はニューヨークを舞台に北朝鮮代表と秘密交渉を進めている模様だ。アメリカが日本や韓国のために北朝鮮に攻撃を仕掛けるというのは建前にすぎない。日本の希望的観測といってもいいだろう。

 なぜなら、アメリカにはアメリカの対北朝鮮政策があるからだ。ブッシュ政権以降、オバマ政権まで、日本人としては納得しがたい部分も多かったはず。その背景には北朝鮮に眠っている地下資源が影響している。トランプ大統領も表向きの強硬姿勢の裏側で、独自のディールを成立させたいと考えているようだ。要は、北朝鮮の金王朝の独裁体制を力ずくで崩壊させるよりも、維持させたほうが国益に適うと判断している可能性があるのである。

 かつては「北朝鮮にはイラクと違って、めぼしい資源は何もない」とされてきた。しかし徐々に北朝鮮がレアメタルの宝庫であることが判明。各国が色めきたつようになった。レアメタルとは、文字通りレア(希少)な金属のことで、地球上における存在量が絶対的に少なく、かつ産業上においては非常に有用な金属のことを指す。

 例えばタングステン。これは超硬材の切削工具に使われ、軍需産業には欠かせない素材であるが、世界の埋蔵量のほぼ半分が北朝鮮にあるとされる。また、合金に使われるマグネサイト、潤滑油や電子基盤の材料に使われるモリブデンなども、北朝鮮には大量に眠っているようだ。

 それ以外にも、リチウムイオン充電池の電極材料に用いられるコバルトや、超硬材に用いられるチタニウム、さらには金、銀などの資源も確認されている。しかも最近では、北朝鮮の西海岸地域には600億バレルもの石油が埋蔵されていることも明らかになった。

 もし、北朝鮮の現在の体制が一夜にして崩壊するようなことになれば、中国や韓国、そしてロシアがこれらの地下資源に殺到することは目に見えている。その前に北朝鮮に眠る地下資源の利権を確保しておこうという動きが、日本以外の6カ国協議参加国で急速に高まってきたのである。たとえ金王朝による独裁体制を維持させることになっても、レアメタルの開発権を確保しようとする戦略にアメリカが傾いてきたということであろう。

●北朝鮮の資源をめぐる争奪戦

 実は北朝鮮の資源をめぐる争奪戦は、すでに始まって久しい。2004年から11年の間に北朝鮮で合弁事業を開始した世界の企業は350社を超す。中国以外ではドイツ、イタリア、スイス、エジプト、シンガポール、台湾、香港、タイが積極的であるが、そうした国々よりはるかに先行しているのは、意外にもイギリスである。

 イギリスは01年に北朝鮮と国交を回復し、平壌に大使館を開設。06年には、金融監督庁(FSA)が北朝鮮向けの開発投資ファンドに認可を与えたため、イギリス系投資ファンドの多くが動き出した。

 具体的には、アングロ・シノ・キャピタル社が5000万ドル規模の朝鮮開発投資ファンドを設立し、鉱山開発に名乗りを上げた。北朝鮮に眠る地下資源の価値は6兆ドルとも見積もられている。そのため、投資家からの関心は非常に高く、瞬く間に1億ドルを超える資金の調達に成功した。また、イギリスの石油開発会社アミネックス社は、北朝鮮政府と石油の独占探査契約を結び、1000万ドルを投資して、西海岸地域の海と陸の両方で油田探査を行う計画を進める。

 一方、ロシアは冷戦時代に開発した超深度の掘削技術を武器に、北朝鮮に対し油田の共同探査と採掘を持ちかけている。この技術は欧米の石油メジャーでも持たない高度なものであり、ベトナムのホーチミン沖で新たな油田が発見されたのも、ロシアの技術協力の賜物である。15年4月には、ロシアと北朝鮮は宇宙開発でも合意している。両国の関係は近年急速に進化しており、ロシアは新たに北朝鮮の鉄道整備のために250億ドルの資金提供を約束している。

 韓国の現代グループは、1998年から独占的に金剛山の観光事業を行っているが、数百億円に及ぶ赤字を出しながらも撤退しないのは、金剛山周辺に眠っているタングステン開発への足がかりを残しておきたいからであろう。

 アメリカからは、超党派の議員団がしばしば平壌を訪問しているが、核開発疑惑が表沙汰になる前の98年6月には、全米鉱山協会がロックフェラー財団の資金提供を受け、現地調査を行った。その上で、5億ドルを支払い北朝鮮の鉱山の試掘権を入手している。当面の核問題が決着すれば、すぐにでも試掘を始めたいという。

 韓国はじめ、中国、ロシアといった周辺国やアメリカ、イギリスの支援を得ることで、豊富な地下資源を開発することに成功すれば、北朝鮮は現在の中国のように急成長することが期待される。今が安く先物買いをする絶好のチャンスだと宣伝しているのである。実は、2015年4月、北朝鮮のリスユン外相はインドを訪問し、スワラジ外相との間で北朝鮮の地下資源開発と輸出契約の基本合意に達している。

 インドにとっては、中国と北朝鮮の関係が変化するなか、北朝鮮との資源外交を強化しようとの思惑が見え隠れする。要は、国境紛争やインド洋への影響力を強めつつある中国をけん制するためにも、北朝鮮を懐柔しようとするのがインドの狙いと思われる。

 日本人の大半はそのような動きにはついていけず、発想そのものに抵抗を感じるだろうし、金儲けを最優先する投資ファンドの動きには嫌悪感すら抱くに違いない。しかし、これが世界の現実である。トランプ大統領の北朝鮮への過激な発言だけに振り回されていては、大きなビジネスチャンスを失うことになるだろう。

 日本は国際政治経済の動きを冷静にとらえ、北朝鮮に対する戦略を練り直す必要があるだろう。金委員長と韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領がある日、突然手を握る可能性も視野に入れておくべきだ。「想定外」では済まされない。見た目は大違いだが、金正恩も文在寅も同じ朝鮮民族のDNAを引き継いでいることを過小評価するのは危険だ。
(文=浜田和幸/国際政治経済学者)