GoogleのAR技術「ARCore」とは? ARKitとともに始まるARの爆発的普及期(西田宗千佳)
 スマートフォン向けのAR(Augmented Reality)をめぐる状況が騒がしくなってきた。8月29日、GoogleがAndroid向けのARフレームワーク「ARCore」を発表したからだ。

6月、アップルもiOS向けのARフレームワーク「ARKit」を発表しているが、これによりスマホの上では、OS標準のARフレームワークが出揃って、本格的な競争が始まりそうな雲行きだ。

 では、ARCoreとはどういうものなのだろうか? Googleはこれまでにも「Tango」というARフレームワークを開発しているが、どういう関係になるのだろうか? そして、ARKitとの違いは? きちんと分析してみると、ここからスマホ上でのARがどうなるのか、おおまかな方向性が見えてくる。

追加ハードなしでARを実現、GoogleもARKitをおいかける



 やはり、まずは「ARCore」とはなにかを知るところから始めよう。ARCoreは、Androidでこれから標準的に使われるようになるARフレームワークだ。使うのは、スマホに内蔵されたカメラとモーションセンサーのみ。

カメラから得た画像を解析し、平面や物体の特徴的な形状、周囲の明るさ・色などを認識した上で、モーションセンサーによって傾きやスマホの動きを推定し、実景にCGを重ねる。どんな映像ができるかは、Googleが公開しているデモ映像をご覧いただくのがわかりやすいだろう。



Googleが公開したARCoreのコンセプトビデオ

 位置付けとしては、アップルが「ARKit」で行なっていることに近い。現在のハイエンドスマホが搭載するカメラとモーションセンサーは性能が高く、これらから得られるデータを使えば、ARに必要とされる「外界の立体的構造の把握」もある程度可能になっている。

平面の把握+CGのオーバーラップ、という、ARとしては比較的シンプルなものではあるが、それでも、数多くのスマホで使えるようになることには、非常に大きな意味がある。Googleは「今後数千万台のスマホで利用できるようになる」としており、アップルのARKit同様、標準的なものとして受け入れられていく可能性が高い。

 しかも重要なのは、ARCore・ARKitともに、「このレベルのARであれば、ミドルウエア企業に特別なライセンス料を支払うことなく使える」という点だ。

 

ARKitについての解説記事でも触れたが、これらのフレームワークで実現されているARは、今でも「不可能なこと」ではない。ARのミドルウエアを開発している企業からライセンスをうければ、同じ事は十分可能だ。

だが、アップルとGoogleという2大プラットフォーマーが、それぞれの基盤に機能を組み込んだ結果、アプリ開発者のハードルは、技術的にもコスト的にも一気に下がった。このことは、ARアプリを爆発的に生み出す力となる。

 一方で、ミドルウエアを開発している企業は、今後より高度な世界で戦うことを余儀なくされる。それはそれで重要なことだ。現状のARKit・ARCoreは比較的シンプルな機能に抑えたものであり、より高度なアプリ開発を求める人々は、ARミドルウエア企業と協力して進めていくことになるだろう。

ARCoreは「初期プレビュー」段階、対象機種数も品質も今はアップル有利



 とはいうものの、現在のARCoreは、使える機種が非常に限られている。海外でGoogleが販売している「Pixel」および「Pixel XL」と、サムスンの「Galaxy S8シリーズ」のみが対象になっている。これは、ARCoreが「初期プレビュー」の段階であるからだ。機器のサポート数については「今後広げていく」とGoogleは明言している。「数千万台で使えるようになる」というのは、多数の機器にサポートが広がった時の姿と考えてもいいだろう。

 ARでは「最適化」が重要だ。動作をなめらかにするにはソフトの最適化が必要だし、ぶれやずれのない映像を生み出すには、センサーから得られる情報の小さな違いを把握して、最適化する必要がある。

 ARKitとARCoreを比べた開発者に話を聞くと、誰もが「ほぼ同じ機能を持っているが、今はARKitの方が快適」と答える。ARを表示し、カメラを大きく動かした時の映像のなめらかさなどが、今はARKitの方が有利......ということのようだ。おそらくだが、これは「ARCoreが劣っている」ことを示しているのではない。開発初期段階であるがゆえに、最適化が進んでいないのだ。

 Androidは、多彩なハードウエアをサポートしているのが美点。だが、ARのように最適化が重要なもので、しかも開発初期段階の場合には、ハードの違いを把握して吸収するのは大きなハードルになる。「明確に大丈夫だとわかっていて、メジャーな機種」のみにしぼって開発を進めるのが安全だ。だからこそ、「今の」ARCoreは、PixelシリーズとGalaxy S8シリーズしかサポートしていないのだ。

また、仮に最適化が進んでも、過去のハイエンドスマホすべてで利用できるとは限らず、「適切な精度のカメラとモーションセンサーを備えた一部機種」になる可能性が高い。決して高いハードルではないが、2年前のハイエンドAndroidスマホまで含まれるか、ミドルクラスの製品まで含んでいるか、というと、厳しい可能性が高い。

その辺の情報公開について、しばらく慎重に注視する必要がある。だがもちろん、今後出てくるものについては、ARCoreの求める性能を意識した開発がなされるだろう。

 一方でiPhoneはアップルという一企業が作る製品で、機器の種類も非常に少ない。OSからハードまで、すべてをアップルが理解しているわけで、最適化には非常に有利な立場にいる。9月中に(おそらく中旬には)iOS11が公開されると、すでに累計数億台存在するiPhone 6s以降の製品に向けて、ARKit対応のアプリが多数登場することになるだろう。この点で、アップルはGoogleに対し、最低でも数か月、AR市場を先んじて構築することになる。

 とはいえ、冒頭の繰り返しになるが、AndroidでもiOSでもARフレームワークがサポートされることは、アプリ開発者にはなによりの朗報だ。特に大きいのは、iOSとAndroidの両方で「同じような機能のARフレームワークが使えるようになった」点だ。

アプリ開発者はiOSとAndroidの両方を視野に置いて開発する。いかにARKitが優れていても、iOSだけにするのはビジネス上問題がある......という人は多かった。アプリとして世に出せる時期はずれるものの、iOSではARKit、AndroidではARCoreで開発することで、メジャーなスマホ全体をカバーできるようになるのは、非常に大きなことだ。

TangoはARCoreへ吸収。「技術の理想」より「普及」を採る



 一方、気になる点もある。

 そもそも「スマホでのAR」では、アップルはこの6月まで「音なしの構え」だった。Googleは2012年から、スマホやタブレットを使ってARを実現する「Tango」という技術を開発し、推進していた。2016年にはLenovoが対応機種「Phab2 Pro」を、今年にはASUSが、同じくGoogleのVRプラットフォームである「Daydream」にも対応した「ZenFone AR」を発売している。

 実際のところ、ARCoreやARKitより、できることではTangoの方が上だ。Tangoはカメラの他に深度センサーを使い、カメラによるモーショントラッキングもある。そのため、目の前の空間の「平面」だけでなく、大まかな立体構造を把握することができる。

だから、CGと現実の物体の間で正確な前後関係を把握し、お互いでお互いが隠れるような表現(オクルージョンという)ができたり、複雑な物体の表面に沿ってCGが動いたり......ということが可能だ。

 だが、GoogleはARCoreの発表に際し、TangoのSDK配布ページに、以下の文言を追加した(英語版のみ。日本語版ページには追加なし)。

「Tango SDKはZenFone ARとPhab2 Proでのみ動作する。GoogleはARについて、特別なハードウエアを必要としない広汎な環境として、ARCoreの開発を続けていく」(意訳)

Tango SDK配布ページにこんな説明が。GoogleはTangoをこのままスローダウンし、ARCoreを本命と位置づける。

 すなわち、Tangoはここからスローダウンし、ARCoreを中心に据えるようなのだ。

 どうやらGoogleは、Tangoの普及の遅さと高い可能性を天秤にかけ、まずは普及の方を採ったようだ。

 Tangoは野心的な技術だが、非常に高性能なハードウエアを求めるがゆえに、実用性がまだ低かった。

対応機とされるPhab2 ProとZenFone ARの間でも、仕様は同じではない。メインメモリーを8GBも積んだZenFone ARでも、空間の立体構造を活かしたARはまだ荷が重い印象だ。

 ARのためにスマホを選ぶ人は少なく、あくまで「付加価値」という状況に変化はない。これからスマホに深度センサーが搭載されていく比率はあがっていくだろうが、いまはまだ少数派である。

Tango搭載機は累計でも100万台にはるかに及ばないと思われ、ここでアップルが一気にARで勝負をかけにくると、Googleとしては大きな差が生まれることになる。開発リソースをまとめ、開発者へのメッセージを一本化する上でも、Tangoの存在は邪魔になってしまったのだろう。 

今後は、Tangoで得られた知見をARCoreに反映し、「いつの日か可能になったとき」に、深度センサーの活用を含めた、Tango的な要素をARCoreに統合していく流れだと考えられる。

 考えてみれば、Googleはこうした「先出ししたがハードウエアのテクノロジーがおいつかない」事例が少なくない。話題になったGoogle Glassも、マイクロソフトがHoloLensでやろうとしていることの将来像に近い。Tangoについても、その一部をARKitやARCoreが切り出して現実に落とし込んだ......といえる。

 Tango対応機種を買った人には残念な話だが、ある意味「時代の先を行くビジョンを、先にお金を払って体験した」と納得するしかなさそうだ。

Google ARCore発表。普通のスマホ向け拡張現実プラットフォーム

アップルの「ARKit」を徹底解説、技術よりも戦略がすごい(西田宗千佳)