生理的嫌悪感を抱かれやすい女性の特徴とは?(写真 : IYO / PIXTA)

筆者はこの夏休み、ヨーロッパを旅してきた。その街角で特に目を引いたのが、カッコいい中高年のご婦人方だ。

白シャツにスキニーデニムを颯爽と着こなし、自転車で駆け抜けていく白髪のパリジェンヌ、ひざ上丈のノースリーブのタイトな真っ赤なワンピースを着こなし、ベルリンの空港を闊歩するバリキャリ風のご麗人。凛として男前でいながら、女性らしい風情で、全身から自信がみなぎっていた。

日本の女性は過剰に「人目」を気にする


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翻って、堂々の中高年の筆者は、「この服は年相応ではないのでは」「これはイタイかなあ」などとクローゼットの前で、洋服選びに呻吟(しんぎん)する日々だ。どんな体型でも平然とビキニを着ている海外のおばさまたちに比べたら、日本の女性は圧倒的に「人目を気にして」服装を選んでいる気がする。それは「アノマリー」(異端・例外)を好まない、日本社会の強烈な同調圧力ゆえなのか。軍服のように一様なリクルートスーツに覚える閉塞感と似て、違和感を覚えてしまう。

ここ数回、日本女性がリーダーシップを発揮していくうえでの「壁」について書いてきたが、女性リーダ―は一般的に、厳しく、強すぎて見えてもダメ、弱々しく、女々しく見えてもダメ、という「ダブルバインド」という制約を受けるということを紹介した。低い天井と高い床に挟まれて、窮屈な居住空間でしか、生息が許されていないようなものだ。

特に日本という小さな国で生涯、同じ会社や同じコミュニティに所属し続けるという流動性の低い社会の中で、一人ひとりの可動域が狭いのは、女性に限ったことではないかもしれないが、強烈な横並び文化の中で、日本女性に課せられる制約は小さくはない。

そんな同質性を強要する社会において、ある種の「負の指標」のように存在しているのが、「嫌われる人ランキング」といったたぐいのアンケート企画だ。嫌われる芸能人、嫌われる男、嫌われる女……。実に下世話な企画ではあるが、こうした記事を見ていると、日本人としては、どういった言動が許容されないのか、どういった人間像が受け入れられやすいのかが見えてくる。

「嫌われる女」とは?

特に、「嫌われる女」ランキングによれば、おおむね次のようなカテゴリーの女性が生理的嫌悪感を抱かれやすいようだ。

エラそうな女

男の毒舌は、「爽快だ」と受け止められるのに、女性が毒づくと、「高飛車」「高圧的」「いじめ」ととられやすい。有吉弘行や坂上忍やヒロミが他人をディスるのはOKでも、泉ピン子や和田アキ子は大いに反感を買うのである。

野心のある女

野心のある男は許されても、野心のある女は許されない。中尾彬氏が、野田聖子氏について、「(首相への意欲があるという)野心のある女は嫌だね」とテレビでコメントしていたが、一定層の男性の間には「三つ指」への憧憬はまだ根強い。

身分不相応な女

本人より格がずっと上(金持ちであるとか、地位があるとか)とみなされる男性と付き合っていたり、結婚した女性に対する風当たりも強い。どんな形にせよ、高みを狙う女性は「野心的」として、反感を受けやすい。テニスの錦織圭選手の彼女や紗栄子などがこれにあたるのだろう。

まったく隙のない女

すべてにおいて完璧であることを売り物にするような女は共感を受けにくい。少しぐらい、短所や弱みがあるほうが、親しみは持たれやすいが、「完璧」アピールが過ぎる女に対しては、鼻白んでしまう。

しゃしゃり出る女

家事を完璧にこなす糟糠(そうこう)の妻は礼賛されるが、家事をおろそかにして、しゃしゃり出る女はたたかれる。ブログを書き綴る「ママタレ」は日々、栄養の取れた食事をきっちり手作りしていることをアピールするが、出来合いの総菜で済ませたり、碗の位置を間違えただけで、バッシングを受けてしまうような空気感の中で、「働くなら家事もやってから」というプレッシャーを肌身で感じているのだろう。

以上のような観点で見ると、工藤静香や藤原紀香がなぜこうしたランキングの上位にいつも上がってくるのかという疑問が解ける。この5つの嫌われる女性のカテゴリーはすべて、その人の資質というよりは、コミュニケーションやイメージ的な問題だ。男性であれば、それほど問題視されないか、面白がられる要素である。

そのように考えると、女性がコミュニケーションをしていくうえで、待ち受ける「罠」は深く、そして数多い。

特に嫌われるのは「エラそうな女」

なかでも「エラそうな女」は徹底的に嫌われる。たとえば女性が、「自己主張」をしようとすれば、男性より厳しい目線で受け止められる。米スタンフォード大学のティーデンス教授らの研究によると、「男女ともに同じ自己主張的な行動をした場合、女性は平均して男性よりも大きく評価を落とすことがわかった。特に、女性は直接的かつ明確な自己主張をしたときに評価を落とした」(ウォールストリート・ジャーナル)という。

たとえば、昇給を要求したり、隣人に音楽の音量を下げるように頼む際、まったく同じ言葉を使って要求をしたとしても、男性よりも「高圧的」ととられやすいというのだ。それに対し、自己主張をノンバーバル(非言語)な方法で表現した場合には、それほど評価を落とさなかった。つまり、言葉で直接的に主張をすると角が立つが、言葉以外の方法(声のトーンや抑揚、大きさ、さらにジェスチャーなど)によって、効果的にコンフィデンス(自信)やコンピテンス(能力)を印象付け、メッセージを伝えられるということだ。

つまり女性が、コミュニケーションにおいて、反感を呼ぶことなく、主導権をとっていこうとするならば、ノンバーバルのふるまいが非常に重要ということになる。

ところが、女性には非言語コミュニケーションにおいて、さまざまな癖がある。それが相手に対して気づかぬうちに、従属的なメッセージやネガティブな信号を送っていることが多い。

たとえば、以下のようなハンデがある。

姿勢

手を前に組み、肩をすぼめて自分を小さく、謙虚に見せる姿勢や立ち方。つつましやかに見え、接客時や協調性をアピールしたいときなどには向いているが、強いリーダーシップを誇示したいときには、向かない場合がある。

しぐさ

唇や手、ひじ、髪など体の一部に触れるしぐさは、自己肯定感の低さや緊張感として受け止められる。

高く、声量のない声。かん高い声は、親しみやすさを醸成するが力強さ、落ち着きとは逆のベクトルにとらえられる。声量のなさは自信がなく、頼りないとの印象を生む。イギリスのマーガレット・サッチャー元首相は、もともと、高く、か細い声だったが、ボイストレーニングを受けて、低く威厳のある声へと変えることで、カリスマ性を上げた。

話し方

語尾を上げる話し方。つねに、断定せず、質問をしているように聞こえ、説得力が低い。

表情

不機嫌な顔。いつも怒っているような顔は男性の場合、威圧感のあるリーダーとなるが、女性の場合、単なる「いじわるババア」となる。アメリカの俗語には「resting bitch face」(つねにビッチ=いじわる・性悪な顔)という言葉があり、女優のアナ・ケンドリック、ビクトリア・ベッカムなどが代表格として取り上げられる。

まず非言語のコミュ力を鍛えるべき

ほかにもいろいろと特徴はあるが、こうした非言語部分での印象がイメージを決定づけてしまうことを、男女問わず意識するべきだ。リーダーシップや強さをアピールするには、まず非言語のコミュ力を鍛えるのが近道。堂々とした姿勢、しっかりとした張りのある低めの声、歩き方など非言語の要素を意識することで、効果的に伝えていくことができ、結果的に自信につながっていく。

謙譲が美徳とされる日本社会では、特に女性の場合、控えめな態度が期待されているため、終始、力や強さを前面に押し出すと、摩擦を起こす可能性がある。「女性プロフェッショナルのコミュニケーションはまさにタイトロープ(綱)の上を歩くようなもの」。かつてフェイスブックのCOO、シェリル・サンドバーグはそう形容したが、場面に応じて硬・軟、強・弱を使い分けていく、まるで曲芸師並みのしなやかさ、器用さが求められるということだろう。