記者が上田と交わした手紙の数々。志半ばにしてこの世を去った本誌・H記者に対する思いなども綴られていた

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 8月25日、松江拘置所の面会室。透明な特殊ボードの向こう側で居住まいを正し、しっかりと記者の目を見つめる小柄で細身の女性がいた。上田(うえた)美由紀、43歳。鳥取連続不審死事件で男性2人への強盗殺人などの罪に問われていた彼女は、7月27日に最高裁で死刑を言い渡されていた。

 そしてこの日、我々の面会の数時間後に判決訂正の申し立てが棄却され、彼女は死刑囚となり、原則として親族以外との面会が制限されることになった。従って、このインタビューは上田美由紀が外部の人間に語った最後の肉声となる可能性が極めて高い。

――7月27日の死刑判決を受けての心境は?

上田:(数秒考え、絞り出すように)わからない。今、私は自分の気持ちがわからない。今、自分が置かれている状況、(逮捕されてからの)8年間ずっとそうです。

 上田被告は、’09年11月に逮捕され’12年に鳥取地裁で75日にも及ぶ裁判員裁判の末、死刑判決を受けた。’14年、松江高裁でも死刑判決を受けたのだが、いずれの裁判所でも初めて出された死刑判決だった。上田被告は目撃証言など犯行を裏付ける証拠が一切無いなか一貫して無罪を主張してきた。

――この8年間を振り返ると?

上田:ただ、もう早かったな、いろいろあって……急展開で。何か走馬燈のように思い出されるというか。8年たってもわけがわからない。訴訟(裁判)含めてどう説明していいのかわからないんです。

――事件の真相は違う?

上田:それはお答えできません。

――やはり今の状況には納得がいっていないと。

上田:それはちょっと弁護人に……。弁護団と一緒に戦っていく、……考えていきます。

 これまで幾度となく手紙や面会での接触を続けたが、最後まで彼女の口から事件の真相について語られることはなかった。

 面会終了のタイマーが鳴った。

 上田は静かに立ち上がり、会釈をし、背を向けた。その刹那、こちら側をふり返り柔和な表情で発した言葉が印象的だった。

「夜遅いからってラーメンばっかり食べちゃいけんよ……」

 帰宅がいつも遅いため、家の近くのラーメン屋で食事を済ませることが多いと記していた記者を気遣ってのことだった。上田が見せた一瞬の母性。ただ、強盗殺人の罪に問われた被害男性2人への言及はなかった。

 そして、数時間後、彼女の真意は永遠に封印された――。

⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1389700

●鳥取不審死事件とは?
’09年、鳥取県の海でトラック運転手の男性(当時47歳)が、鳥取市内の川で電器店経営の男性(当時57歳)がいずれも水死体で発見された。2人の知人であった上田美由紀は同年11月、別の詐欺容疑で逮捕され、その後2人に睡眠導入剤を飲ませて水死させたとして強盗殺人容疑で再逮捕された。上田は詐欺については罪を認めたが、殺人については最高裁まで一貫して無罪を主張。しかし今年8月、死刑が確定した。上田の周辺では6人の男性が死んでおり、世間の耳目を集めた。

※現在発売中の『週刊SPA!』9/5発売号では、上記インタビューに加えてなぜ上田死刑囚がSPA!の取材を受けるに至ったかなどが語られている

取材・文/我妻憲一郎 本稿再編集/SPA!編集部 撮影/遠藤修哉(本誌)