Q なぜタイのインラック前首相は国外に逃亡しているの?

 タイのインラック前首相が、在任中に国に巨額の損失を与えたということで罪に問われているそうですが、タイでは政策の責任を首相一人が、自ら負わなければならないのでしょうか? なぜインラック前首相は罪に問われているのでしょうか。(30代・男・会社員)

A はっきり言えば、政治的な裁判です。

「国に巨額の損失を与えた」というのは、農民への支援策を面白く思わない軍事政権がインラック前首相を刑務所に閉じ込め、インラック派の力を削ごうとしている口実です。

 2011年のタイ総選挙で、インラック氏は、政府が農家からコメを買い上げるという公約を掲げ、農民層からの支持を得て、勝利。首相に就任しました。


現在は国外に逃亡中のインラック首相 ©getty

 首相になると、さっそく公約を実施に移します。農家から市価の5割も高い値段でコメを買い上げました。農民たちは大喜びです。

 でも、こんなことをすれば、政府の財政は赤字になります。ポピュリズム政治は莫大な財政赤字を生み出しました。

 2014年、反インラック派の軍部がクーデターを起こし、軍事政権を樹立。コメ買い取り政策を廃止しました。

 さらにインラック前首相を職務怠慢の罪で訴えました。コメの買い取り政策を続けていれば財政赤字が増えることは明らかだったのに、それを中止しなかったことが職務怠慢に該当するというのです。

 これを職務怠慢だというなら、かつて日本政府も農民からコメを高く買い上げ、消費者に安く売り渡すという政策で巨額の赤字を築きあげました。だからといって、当時の総理大臣が訴追されることはありませんでした。その是非はともかく、政策としてはありうることだからです。

 インラック氏の政策も、政策としてはありうること。でも、反インラック派は、なんとしてもインラック氏を訴追しようとしたのですね。

 インラック氏が問われた罪は、有罪になれば最高で禁固10年という厳しいもの。それを恐れて逃亡したと見られています。

 インラック氏が向かった先は中東のドバイ。ということは、正規の手続きを踏んで出国しなければ航空機に乗れません。軍事政権はインラック氏の動向を把握していますから、こっそり出国することなど不可能です。そこで、軍事政権が意図してインラック氏を逃がしたのではないかという疑惑が持ち上がっています。インラック氏を追い出せば、国内のゴタゴタは収まるだろうし、インラック氏が逃亡すればインラック派はインラック氏に失望して活動が下火になるでしょう。軍事政権は、それを狙ったのではないか、というわけです。

(池上 彰)