丸の内勤務の証券マン・江森(通称:えもりん)、30歳。おとめ座。

外見はプーさんそっくり、愛されキャラな男。好きな食べ物はハチミツ...ではなく、『ウルフギャング』のプライムステーキ。

港区生まれ、港区育ち、育ちのいい奴らは皆トモダチ。生まれながらに勝ち組な彼は、日本を代表するエリート・サラリーマンとして独身生活を謳歌している。

イケてるはずなのに拗らせ気味な男・えもりんは、恋人探しにことごとく惨敗。さらにイケメン商社マンの親友・ハルの結婚報告&説教をうける。

そして、強気な美女・まゆこの涙に心揺れるも、なかなか素直になれないが...?




「えっと...菜々子ちゃんは汐留で、絵美ちゃんは築地に住んでるんだよね」

深夜0時近くの丸の内。

食事会も解散となり、静まった仲通りの隅っこで、江森はいそいそと財布から現金を取り出す。

別に金が惜しいワケではないが、女子にタクシー代を渡すという行為は、何となく自分が“おっさん”になったような、物悲しい気分になる。

もちろん、港区おじさん的な人種のように、短距離なのに万札をドンと渡すようなことはしない。あくまで丸の内の紳士として、レディを無事に送り届けるためのマナー的作法である。

江森は自らタクシーを止め、運転手に直接5,000円を渡し、彼女たちの自宅を告げた。

「えもりんて、本当にマメだよな〜。まだ終電あるんじゃねーの?」

車中のレディたちに甘い笑顔で手を振りながら、ハルは低い声でサラっと毒を吐く。

―これだから、イケメンは...。

タクシー代の発想など微塵も持たないハルに少々イラっとしながらも、二人の男は恒例の三次会(反省会)に繰り出した。


親友のハルに見抜かれた、えもりんの本音とは...?


“キャッチ・アンド・リリース”的な関係しか築けない男


「二人とも可愛かったけど、裏がありそうな女たちだな。えもりん、あの菜々子がそんなにタイプだったのか?」

先ほどまでの外ヅラの良さとは裏腹に、ハルはドライな口調で言い、ハイボールをぐいっと飲みほした。

その意見には同感だが、良くも悪くも自分本位で他人に深く興味を持たないこの男が、疑心暗鬼なことを口にするのは珍しい。

やはり、婚約者に騙された件が後を引いているのだろうか。

「まぁ、見た目が好きでさ...。でも菜々子ちゃん、完全にお前狙いだったよな。ハル、ボクに遠慮しなくていいからね。まぁ彼女、本当は彼氏いるっぽいけど...」

彼女の恋人については、港区女子の美紗から仕入れた情報である。

菜々子はとにかく外見がタイプで、それを聞いたときはショックだった。(高級鮨まで奢ったことも然り)

しかし、今日はハルと自分との扱いに明らかな差を感じても、大して気にならない自分がいる。

理由は何となく分かる。たぶん、“飽きた”のだ。いつもそうなのだ。

面食いの江森は、好みの美女を見つけると、最初は一人盛り上がり猛突進する。しかし、菜々子のように希望薄だったり、または簡単に手に入ってしまうと、途端に興味がしぼんでいくのだ。




新丸ビルの『SO TIRED』のガラス越しの丸の内の夜景を眺めながら、江森は溜息をつく。ハルに言われた通り、自分は薄っぺらい男である。

心の底ではピュアな恋に憧れていて(映画「君の名は。」を観たときは、デート中にも関わらず本気で泣いた)、別にチャラつきたいわけでも浮つきたいわけでもないのに、どうしても、フワフワした深みのない生活しか送れない。

できることなら、本気で誰かを愛したいのに。

「で、お前は、まゆことどうするんだよ?」

「......?!?!」

ハルに突然聞かれ、動揺で思わずゴホゴホと咳込む。

「な、な、なにを......」

「お前、まゆこに惚れてるだろ?そのくらい分かるよ」

言葉を失う江森を前に、ハルは淡々と続ける。

「えもりんてさ、いつも女は獲物感覚で追ってるだけじゃん?なんつーの、“キャッチ・アンド・リリース”的な。でもさ、本気で惚れたときは、ハッキリさせといた方がいいんじゃないの」

「べ、別に、ボクは......、てか、まゆちゃん彼氏いるし......」

「そんなの関係ねーよ、好きなら奪えばいいだろ」

―う、奪う...?!

さすが、イケメンは言うことが違う。江森には到底マネできない発想力である。

「俺だって、いろいろ失敗してるんだからさ、お前もたまには砕ける覚悟で当たって来いよー」

しかし江森は、そんなハルの無邪気な笑顔を見て、なぜか心を動かされた。


えもりん、ついにまゆこに思いを伝えるか...?


キメるつもりが、キメられてしまった夜


「ま、まゆちゃん...、話っていうのは、実は...」

まゆこは普段とは違う江森の態度に、かなり調子を狂わされている。

先日、江森から改まった感じで食事の誘いをうけた。いつもは仕事帰りに適当に合流したり、ハルと3人で酒盛りしてクダを巻くことばかりだ。

なのに今夜指定されたのは、なんとパレスホテル東京のゴージャスなフレンチ、『クラウン』である。

しかも、二人が座るアーチ形のソファのボックス席(おそらくこの店の特等席)からは夜景が一望でき、かなりロマンチックな雰囲気だ。




―もしかして私、女を口説くための実験台にでもされてるのかしら...

ぷっくりとしたモチ肌に、つぶらな瞳。ピンク色のおちょぼ口に、クリームパンみたいな手。

江森は決して不器量ではないし、むしろ可愛らしい顔で背も高い。だが、やはり少々ぽっちゃりしていて、なんだか「クスっ」と笑ってしまう外見をしている。

しかし、まさに“プーさん”にそっくりな容姿とは裏腹に、中身はかなり“拗らせた”厄介な男だ。

―それにしても、えもりんて、本当に綺麗な食べ方をするわ...。

口数の少ない江森に疑問を抱きながらも、まゆこは一人感心する。

彼はよくボンボン自慢をして周囲をウンザリさせるが、きっと幼少期から躾けられているのだろう。食べ方がとても上品だ。こんなフレンチだと、なおさら際立つ。

だが、今日の江森にはいつものヘラヘラした様子はなく、男のクセによく動く口も、今日はだんまりである。ただひたすら、一人黙々と料理を平らげていく。

「どうしたの?何か言いにくいことでもあるの?」

まゆこは江森を労わるように目をじっと見つめてみるが、サッと視線を逸らされた。今夜はこれを何度も繰り返している。

「実はボク...まゆちゃんの............XXXXX」

消えそうなほど小さな声。すぐ傍にいるというのに、最後の方は全く聞き取れない。

相変わらず、本当に変な男である。

しかし、そんな江森の拗らせ具合も、まゆこは実は可愛いなんて思ったりしている。

「あ、そういえば」

とうとう彼の話を聞き出すのを諦め、まゆこは自分の話をすることにした。

「私、例の医者の彼とは別れたわ。彼、結局優柔不断で、元カノとコソコソ連絡とって、切れてなかったの。酷いでしょ」

「えっ...?まゆちゃん、大丈夫なの?」

黒目がちの瞳が、やっとまゆこの視線と重なる。

「大丈夫よ、あんな女々しい男、私の方から願い下げ。でね、一つ提案なんだけど...。私とえもりんがお互い35歳まで独身だったら、私たちが結婚しちゃうってどう?」

「......」

江森をいつもの調子に戻すため、冗談を言ったつもりだった。

だが、彼はナイフとフォークを“ガチャン”と皿の上に落とし、がっくりと俯いてしまった。

―やば、えもりん、引いちゃった...?

しかし次の瞬間、顔を上げた彼の表情に、まゆこは思わず目を見張った。

江森のつぶらな瞳は赤く潤んでおり、笑っているような泣いているような、何とも言えない不思議な顔をしているのだ。

「まゆちゃん。ボク、35歳まで待てない。すぐ結婚しよう」

その目は真剣そのもので、心なしか、いつもよりピュアな感じがする。

まゆこは、これまで見たことない彼を、いつまでも見つめていた。

―Fin