「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている岡村亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

同じく独身アラサーのエミとともに良縁祈願に出かけた亜希は、京都・鈴虫寺の住職に、あれこれ条件をつけず「ふさわしい人」を探すように諭される。

しかし、それがなかなか難しい。

亜希に一目惚れしたという男・宮田賢治が現れるも、彼に全く海外思考がないことを知るや否や幻滅してしまうのだった。




東京ナイトシーンは、もう見尽くした?!


「...だって英語できないとか、冷めるでしょ?旅行とか行く時も、私がリードしなきゃいけないのとか嫌だし。それにこれからの時代、グローバルに働けない人材とか将来性も不安よ」

時刻は朝8時。

骨董通り入り口の『クチューム』青山店で、亜希は先日の出来事、宮田賢治とのデートについて一気にまくし立てた。

最近の亜季は、エミの出社前にモーニングで会うことが多い。お互い仕事も忙しく、夜は夜で誘いも多いため朝がもっとも時間を合わせやすいのだ。

「わかる。私も英語できない男ムリだわー」

亜希の言い分に頷きながら野菜たっぷりのモーニングプレートを頬張るエミは、今日も安定の短めトップスにミニスカート。

この格好で会社に行って大丈夫なのかといつも心配になるのだが、アパレルだからか、特に注意されてはいないらしい。

「あーあ。私にふさわしい男、一体どこにいるんだろ...っていうか、なんかもはや本当に存在しているのかすら疑問に思えてくる」

大げさにため息をついてみせる亜希に、エミが「私もだよー」と被せる。そして、何かを思い出したように急に真顔になったと思ったら、こんなことを言い出すのだった。

「私、気づいたんだけど。東京ナイトシーンに、結婚向きの男はもういないわ」


遊んできた女は、32歳ともなると、東京ナイトシーンはほぼ見尽くしてしまう?!


まさかの二巡目


エミは夜になると、だいたい西麻布にいる。

そんな生活を20代前半から続けているものだから、先日、恐れていたことがついに起きてしまったのだという。

「この間、友達に誘われてお食事会に参加したのね。そしたらさ、そこにいた4人のうち1人の男が、まさかの二巡目だったの!

それも確か、25〜6歳の時に出会ってた人。もう、気まずくって...まだ残ってたのかよって思われたに決まってる...」

「え、嘘でしょ...」

低いトーンで話すエミにそうは言ってみたものの、あり得る話だと亜希は納得してしまう。

そもそも、エミが参加するような食事会に来る男性のスペックが限定的だからだ。医者、弁護士、経営者、外資系金融マン、そして時々、財閥系の商社かマスコミ系。

そんなに広くもない世界で10年近くお食事会を繰り返していたら、二巡目の出会いを果たしてしまう男性がいたって不思議ではない。

過去に何の関係もなかった人だったらしいから、それだけでも良かったと思うほかない。

「私たち、活動場所を変えた方がいいのかもしれない。いっそ、海外で見つけるとか。私の知り合いが、5月にハワイのクラブで出会った人と今ラブラブなの。そういう可能性もあるのかって新たな発見だったわ」

そろそろ出社の時間が迫ってきたらしく、エミはそんな突拍子もないことを早口で喋ったと思ったら、アイスラテ片手に「じゃ、私行くね〜」とカフェを出て行ってしまった。

-さすがエミ、ネタには事欠かないわね...

美脚を惜しみなく披露しながら去っていくエミの後ろ姿を眺めながら、亜希は思わず笑いを堪える。

しかし実際、海外で見つけるというのは名案かもしれない。そもそも出会った時点で、語学や海外志向性はクリアしているわけだから。

次に買い付けに行く時はルーフトップバーにでも顔を出してみるか、などと考えていると、スマホからピコン、という、メッセンジャーの着信音が聞こえてきた。




「...え?!」

画面に表示された名前を確認して、亜希は思わず大きな声を出してしまった。

それは忘れもしない、ついこの間Facebookのタイムラインで結婚報告を流していた男の名前...5年前、亜希が駐在についていかずに別れることとなった元カレ、貴志からの連絡だったのだ。

-な、なぜ今更?!

何を、と言われると答えに窮するが、期待に弾む胸の鼓動は正直である。

亜希はこほん、と小さく咳払いをする。そして大きく息を吸い込み呼吸を落ち着けてから、そのポップアップをタップした。


5年ぶりに届いた、元カレ・貴志からの連絡。その内容とは...?


元カレからの誘い


-これは...どういう意図なんだ、一体?!

“亜希、久しぶり。元気にしてる?”

“実は週末に会議で日本に一時帰国するんだ。金曜夜に時間が空きそうなんだけど、良かったら食事でもどうかな?”

取引先との打ち合わせに移動するためメトロの通路を歩きながら、貴志から2つに分けて送られてきたメッセージを、亜希はさっきから何度も何度も、穴があくほど眺めている。

実に、5年ぶりの連絡である。しかも貴志は、つい最近結婚したばかりのはず。行間に潜む貴志の狙いは、一体何なのだろうか。

無視したって良い。いやむしろ、既婚者となった元カレからの誘いなど、きっぱり断ってやった方が良いに決まっている。

頭では正しい判断ができているのに、しかし亜希の指は、まったく違うメッセージを画面に打ち込んでいるのだった。

“久しぶりだね!貴志も元気にしてる?金曜夜、空けられるよ”

送信ボタンの上で一瞬だけ指が迷ったが、えいや、と押してしまったらもう引き返せない。

電車に揺られながら、亜希は貴志のFacebookページをスクロールする。そして、結婚報告の投稿に添付された写真にタグづけされた、彼の妻らしき女性のアカウントも。

彼女の基本情報をチェックすると、元の勤務先は外資系の航空会社となっていた。なるほど、フライト先で貴志と出会ったのか、などとひとり納得する。

彼女のアカウントをつぶさに眺めていると、亜希は自分の中に潜む意地悪な感情がむくむくと大きくなってくるのに気がついた。

別に、今更貴志とどうこうなろうなどと思ってはいない。

結婚したばかりなのにもかかわらず、日本帰国時にさっそく羽を伸ばして元カノに連絡をとる貴志に、幻滅しなくもない。

それでも貴志と再会してみたいという好奇心を抑えられないのは、ちょっとした優越感からである。

おそらく短い滞在であろう、貴重な日本での時間。会える人が限られている中で、貴志は亜希を選んだ。その事実が、素直に嬉しいのだ。

そんな風に思うのは、貴志と別れて以来まともに恋愛をしていないことが大きいだろう。

女は上書きをする生き物だから、そのあとに別の彼氏でもいれば、亜希だってあっさり断っていただろうと思う。

CAと言ってもピンキリよね、と思わせる見た目「普通」な女と結婚はしたけれど、今でも貴志にとっては私こそが、特別な存在なのかもしれない-。

誰かに話したら、独りよがりで都合の良い解釈だと笑われるだろう。

しかし「ふさわしい男」を探し続けて迷走する32歳女には、そういう都合の良い解釈をせずにいられぬ時があるのだ。

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5年ぶりに、元カレ貴志と再会。しかしそれが、思わぬ事態に発展する?!