8月29日のミサイル発射実験に続き、9月3日には水爆実験を強行した北朝鮮。日に日にその脅威は増大していますが、金正恩朝鮮労働党委員長は核ミサイルを日本に向け発射するという暴挙に出る可能性はあるのでしょうか。静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんは、軍事アナリスト・小川和久氏の主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』の中で同国の「合理的な核戦略」を分析・解説するとともに、我が国防衛のために北朝鮮に突きつけ続けるべき重要な事柄を記しています。

北の核ミサイルが日本を狙う可能性

北朝鮮が8月29日朝発射した中距離弾道ミサイル(IRBM)「火星12」は、人工衛星打ち上げを目的としない北朝鮮のミサイルとしては、初めて日本上空を飛行した。ミサイルは平壌順安(ピョンヤン・スナン)空港から発射され、防衛省によると北海道の渡島半島と襟裳岬の上空を太平洋に向けて通過、水平距離2,700キロを14分間で飛行し、最高高度は約550キロに達した。

この数値から、燃焼終了時のミサイルと地表の水平面の間の角度は約37度、大気圏に再突入して減速する直前の速度は秒速4.6キロと計算できる(※1)。この弾道は、水平距離を最大化する最小エネルギー軌道に近いが、米国を過剰に刺激することを避けるため、燃焼を早目に止めるなどの方法で、射程を短縮したと考えられる。

日本上空の区間は、弾道の頂点付近の宇宙空間だったので、領空侵犯はなかった。しかし、船舶や航空機の安全を確保するための予告はなかったし、そもそも弾道ミサイルも宇宙ロケットも、北朝鮮が発射することは国連安全保障理事会の決議に違反している。

平壌郊外から弾道ミサイルを発射する能力を示したことは、米国が発射前のミサイルを攻撃しようとした場合、民間人が巻き添えになる可能性と、北朝鮮側がミサイルへの先制攻撃を体制への攻撃と区別できずに全面戦争に至る可能性を、米国側へ突きつけることによって、攻撃を抑止する効果がある。

北朝鮮は日本へ届くミサイルを、1990年代に開発したノドンをはじめ、すでに複数種類配備している。それなのに、日本を優に飛び越える一方で、米本土にもハワイの主な島にも届かない火星12が、5月14日に続いて試射されたからといって、なぜ日本への脅威が高まるのだろうか。

その理由は、北朝鮮が核兵器を使用する場合にもっとも合理的な目的、行動、戦力の組み合わせ、つまり北朝鮮にとって合理的な核戦略にある。

それは、なんらかの原因で戦争が始まった場合、または始まりそうだと北朝鮮が判断した場合、まず射程の短い核兵器を使用し、「停戦しなければ射程の長い核兵器も使用する」と警告することによって、米国に停戦を強制しようとする核戦略である。北朝鮮がさまざまな射程のミサイルをそろえると、日本の米軍基地や都市への攻撃も含めて、この核戦略の選択肢が増える。

この核戦略は、通常戦力が劣っており、敗戦した場合は体制が倒れる国が採用するものだが、冷戦中のNATO(北大西洋条約機構)も、ソ連軍の欧州進攻を抑止するため、同じような核戦略をとっていた。

ソ連軍が西ドイツなどへ進攻し、通常戦力による防衛が困難になったときに備えて、NATOはまず前面の敵と戦うための、核砲弾やランス・ミサイル(射程120キロ)などの戦術核兵器を配備した。そして、NATOが戦術核を使用してもソ連が停戦しない場合、次第に後方の部隊や司令部を攻撃し、全面核戦争の可能性を警告するため、パーシング弾道ミサイル(射程740キロ)、パーシングII(射程1,770キロ)、地上発射巡航ミサイル(射程2,500キロ)といった戦域核兵器も配備した。戦闘機用核爆弾には、戦術・戦域両方の任務が与えられた。

このように、北朝鮮が核ミサイルを多様化することには一定の合理性がある。北朝鮮は米国が巨大な脅威であり、過去に北朝鮮との約束を破ってきたと認識しているので、核開発を続ける必要がないと北朝鮮に示すためには、在韓米軍を撤退させるほどの大きな譲歩が必要となるだろう。そのような譲歩を北朝鮮が獲得した場合、韓国を武力で挑発しても米軍は関与しないと認識することは確実で、日本についてもそのように認識するおそれが生じる。そのような事態を日本が回避するためには、米国にとっての日本列島の戦略的重要性を、それも日米が足並みを揃えて北朝鮮に突きつけ続けるしかない。

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

参考文献

※1:防衛技術研究所と陸上自衛隊高射学校で武器の研究開発に従事した、久保田隆成氏がウェブサイト『ミサイル入門教室』で公開しているプログラムで計算した。

● 弾道ミサイル迎撃

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出典元:まぐまぐニュース!