駅ナカ書店の売れ筋本には一般の書店とは違うものもある(写真:JR東日本リテールネット)

エキナカ書店大賞」をご存じだろうか。JR東日本リテールネットが運営する駅ナカ書店「BOOK EXPRESS(ブックエキスプレス)」が主催する文学賞で、受賞作がベストセラーとなる書店も出現している。あまり耳にしなかったこの賞のニュースを契機に駅ナカ書店の現状を追ってみると、意外な売れ筋もわかってきた。

鉄道系の書店チェーンはたくさんある

町の書店が減少する一方で、駅ナカにある書店は、大小合わせて国内各地に増えている。その中にはブックエキスプレスのように鉄道会社が運営にかかわる書店もある。こうした状況において、JR東日本エリア内で全25店舗を運営する書店チェーン、ブックエキスプレスが「エキナカ書店大賞」というネーミングの賞を主催するのは、ある意味現在の駅ナカビジネスを象徴しているともいえる。まず、現状を簡単に見ておこう。

鉄道会社が運営、あるいは運営面で提携関係にある書店チェーンは、JR東日本のブックエキスプレスのほかに、JR西日本の「ブックスタジオ」「ブックスキヨスク」(計6店舗)、JR北海道の「札幌弘栄堂書店」(3店舗)、京王電鉄の「啓文堂書店」(31店舗)、東武鉄道の「東武ブックス」(25店舗)などがある(店舗数は各社HPなどによる)。また現在はトーハンが運営する「ブックファースト」(44店舗)は、もともと阪急電鉄の「駅の書店」として誕生し店舗数を増やしてきた。

それぞれの店舗の多くは、駅ナカ(改札内および改札外)、そして駅前周辺に立地している。とりわけブックエキスプレスは改札内に店舗がある比率が高い。特に「エキュート上野店」、「エキュート品川サウス店」などは、数ある駅ナカ書店の中でもかなり大型の部類に入る。

たとえばエキュート上野店を見てみよう。「エキュート上野」は、JR上野駅の幾本ものホームをまたぐ橋上に広がる商業施設である。約70店舗が入っているが、フロアマップを見るとその中の店の一つ、ブックエキスプレス上野店の広さが目立つ。他の多くの店(飲食店が多い)の数倍、また比較的広い店舗の「ユニクロ」「キノクニヤ アントレ」と比べても約2倍の広さがある。また同フロアの他の店と合わせる形で7時30分から夜10時30分まで(日・祝日は夜10時00分まで)という営業時間も、書店としては異例の長さだ。


立川駅の駅ナカ商業施設「ecute(エキュート)」。JR東日本はエキュートを主要駅に展開している(撮影:梅谷秀司)

駅ナカを商業展開するのは、この十数年で大きく成長したビジネスモデルである。その中心を担ってきたのがJR東日本だ。同社は2000年に中期経営計画の中で「ステーションルネッサンス」というコンセプトを打ち出した。同社管内合計1日1600万人以上もの人が利用する駅を最大の経営資源と位置付けて、駅の魅力向上、高収益化を目指したのである。

それ以前にも東日本キヨスク(現・JR東日本リテールネット)により1996年駅の中での初めての大型書店となる「ブックガーデン上野」を開業。2005年にはJR東日本ステーションリテイリングにより世界初とも言われた改札内大型商業施設「エキュート大宮」を開業させている。

繰り返しとなるが、ブックエキスプレス以外にも駅ナカ書店は数多く存在する。だが、以上のような経緯を考慮すると、JR東日本グループ(JR東日本リテールネット)の運営するブックエキスプレスが賞にエキナカ書店大賞と名付けたのも、意気込みとしてうなずけるものがある。

エキナカ大賞の歴代受賞作は?

歴代のエキナカ書店大賞の受賞作を見てみよう。7月に発表された第9回の受賞作は阿川大樹の『終電の神様』。満員の最終電車が、事故で運転を見合わせる。この運転停止が、それぞれの人生を背負った人たちにとって、思いがけないターニングポイントとなる、といったミステリー7話からなる短編集だ。優しい驚きに満ちていて、確かに会社帰りに買って、電車の中で読むのに向いている。

さらに歴代受賞作をさかのぼると、以下のとおりとなる。

第8回(2017年)『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール
第7回(2016年)『七時間半』獅子文六
第6回(2015年)『扼殺のロンド』小島正樹
第5回(2015年)『ペンギン鉄道なくしもの係』名取佐和子
第4回(2014年)『[図解]電車通勤の作法』田中一郎
第3回(2014年)『Iターン』福澤徹三
第2回(2013年)『ミッドナイト・ラン!』樋口明雄
第1回(2013年)『カミングアウト』高殿円

『ロボット〜』は、英国版「ドラえもん」といえる小説。『七時間半』は、1960年の作品を「ちくま文庫」が復刊したもの。東京―大阪が七時間半かかっていた時代、特急列車「ちどり」を舞台としたドタバタ劇だ。獅子文六は、大衆娯楽向け小説で数々のヒット作を連発していたが、近年忘れられた存在となっていた。彼の諸作品は現在再びブームともなっている。

第5回と第4回も鉄道を舞台とした本となった。第4回は新書だが、それ以外はすべて文庫というのも同賞の特徴の一つである。

「選考対象の本としては、鉄道や駅にとらわれず、この数年では、広い意味での旅に関連した作品としています」(JR東日本リテールネット ブック課 西田哲也課長)。


京王電鉄は書店チェーン「啓文堂」を展開中(写真 : tarousite / PIXTA)

選考方法は以下のとおりだ。ブックエキスプレスのスタッフが読んで面白かった本を集約して、各店舗から1冊、コメント付きで選定委員に推薦する。それに対し各店のスタッフがメールで1位から3位までを選んで投票し、上位のほうに高得点を割り振り、合計で点数が高かったものを大賞とする。ちなみに各店のスタッフは女性が多いという。

また、鉄道会社系書店では、文学賞の先行例として、京王電鉄の駅ナカや沿線にチェーンを展開する啓文堂書店による「啓文堂大賞」も見逃せない。同賞は、各出版社と啓文堂書店のジャンル担当の推薦により選定された10〜15作品の候補作を、啓文堂書店全店で「候補作フェア」として1カ月間販売し、最もたくさん売れた作品を大賞受賞作とする(啓文堂書店HPより)。他のほとんどの文学賞と異なり、候補作品を絞った後、「売れた」という尺度が入っていることに特徴がある。2017年の受賞作を見ると以下のとおりとなる。

新書大賞    『定年後』楠木新
ビジネス書大賞 『自分を劇的に成長させる!PDCAノート』岡村拓朗
雑学文庫大賞  『今さら他人には聞けない疑問650』エンサイクロネット
時代小説文庫大賞『火喰鳥』今村翔吾
(文庫大賞、文芸書大賞は選考中)

「啓文堂さんは、町の特徴によって店ごとに売れる本の傾向が異なる印象があります。この駅周辺は古くからの住宅地で時代小説が売れるとか、別の駅では若い方が多くビジネス書が売れるとかです」(出版社営業担当)。

『定年後』が大賞を受賞したのは、大ターミナルに多く店を構え通勤客の多いブックエキスプレスと異なり、定年前後の方も多く住み、家の近くで本を買う人が多いという特徴の表れのようでもある。

駅ナカ書店の特徴は「回転が速い」

書店に限らないが、駅ナカの店では、「滞在時間が短く」「衝動買いが多い」傾向があると言われる。駅ナカ書店の売れ筋には何か特徴があるのだろうか。

一般の書店と異なるのは、多数の本がズラリと並べられた店頭を圧倒的多数の人が行き交っていることである。一方一般の書店では繁華街の大型店でも、道路に面した所に通常本は並べられない。するとどういうことが起きるか。

「うち(ブックエキスプレス)は話題書が売れて行く初速が速い。文庫の比率が高いことも特徴です」(前出西田さん)。

「駅ナカ書店さんは回転が速いので、売り間違えると大量の返品というしっぺ返しを食らう」(前出出版社営業担当)。

よく売れたからといって大量に書店に出荷しても、もうその後に発売された別の本に売れ筋が移ってしまい、売れずに返品になることがあるという。お客としては通勤でほぼ毎日店頭を通ることもあり、以前見たのと同じものが置いてあったら、もう買わないのである。書店としてもそれがわかっているので、最も人通りが多く目につく平台の回転率を高くする。売れ筋と思われる最新刊へ次々と置き換えていくわけだ。

ブックエキスプレスの売れ行きランキングを見てもその傾向がはっきりとわかる。

2017年上半期(1〜6月)の文庫ランキングは以下のような状況だった。

1位(1位)『リバース』湊かなえ
2位(-)『京の縁結び 縁見屋の娘』三好昌子
3位(2位)『火花』又吉直樹
4位(-)『虚ろな十字架』東野圭吾
5位(8位)『君の膵臓をたべたい』住野よる
6位(-)『アキラとあきら』池井戸潤
7位(―)『ケモノの城』誉田哲也
8位(-)『ちょっと今から仕事やめてくる』北川恵海
9位(-)『22年目の告白』浜口倫太郎
10位(―)『イノセント・デイズ』早見和真

カッコ内は「トーハン調べ」上半期(2016年11月26日〜17年5月25日)の順位である。(-)はベスト10外を示す。「トーハン調べ」は一般の書店の売れ行きを代表するデータとみなされる。だが、ブックエキスプレスでベスト10に入った本で、トーハンでベスト10に入った本は3冊しかない。

一般書店のベストセラーが「ランク外」に


駅ナカ書店では販促活動も迅速に行われる(編集部撮影)

トーハンで3位の『雪煙チェイス』東野圭吾や、4位の『ビブリア古書堂の事件手帖(7)』三上延といった作品は、発売がそれぞれ2016年12月、2017年2月である。そのため、一般書店では長期にわたって店頭平台の目立つ所に置かれたことで今年の上半期にランキング入りしたのかもしれない。しかし、ブックエキスプレスでは、売れ行きのピークがもっと短い期間となり、ランキング外になったと思われる。逆にブックエキスプレスでは、上半期の後半にあたる5月や6月発売で該当期間が短くてもベスト20入りの作品が多いのも特徴的だ。

ブックエキスプレス文庫2017年上半期2位に入った『京の縁結び 縁見屋の娘』も駅ナカならではの売れ行きといえる。この作品は2017年第15回「このミステリーがすごい!大賞」で次点の優秀賞を受賞している。ただしトーハンの同順位ではベスト10には入らなかったし、大手書店のランキングでも同様だった。

なぜ駅ナカ書店では2位に入るほど売れたのか。その理由として、車内広告との相性の良さが指摘されている。

同書は、東京周辺のJR全車両に車内広告を展開した。版元(宝島社)から車内広告を打つという知らせを受け、ブックエキスプレスでも目立つところに平台で置いた。すると特に店頭前を多くの乗客が通る品川店をはじめ抜群の売れ行きを示した。

出版物の車内広告といえば、昔から雑誌の車内吊り広告が多かった。だが近年ではドア上のデジタル・サイネージやドア横(紙媒体)も含め書籍の広告も行われている。車内で広告を見て気になったらすぐ買えるのが駅ナカ書店のメリットでもあるわけだ。

駅ナカで伸びる本もある

また単月で2017年7月のブックエキスプレス文庫ランキングを見ると以下のとおりとなる。

1位『豆の上で眠る』湊かなえ
2位『君の膵臓をたべたい』住野よる
3位『終電の神様』阿川大樹

長くなるので細かいデータは省略するが、1位、2位の作品は一般の書店でもベストセラーとなっているが、3位の『終電の神様』は、多くの一般書店ではここまでの売れ行きは示していない。エキナカ大賞の効果が如実に現れた結果である。

駅ナカの商業スペース開発はまだ十数年程度の歴史しかない。JR東海をはじめ他の鉄道各社の取り組みもまだ浅い。書店はもとよりさまざまな商機が隠れていると思われる。