諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師

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 かつて赤ワインは健康に良いという説が爆発的に広まったことがあり、ワインブームをもたらした。現在では、それは言われるほど効果があるものではないとわかっているが、いまだに信じている人は少なくない。今でも信じたくなる人がいるほど、赤ワイン健康法が広まったのはなぜなのか、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が解説する。

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「フレンチ・パラドクス」というのをご存じだろうか。「脂質をたくさん食べる習慣があるフランス人は、なぜか心臓血管系の病気になりにくい」というものだ。この逆説を説明する理由として脚光を浴びたのが、赤ワインだった。赤ワインに含まれるポリフェノールの一種レスベラトロールの作用が、脂質の多い食事をとっているフランス人の死亡率を下げているというのだ。

 この説がメディアで紹介されると、赤ワインが爆発的に売れた。1990年代後半、日本でも赤ワイン健康法が広がり、今もそれを信じている人も多いだろう。しかし、その後、この説は否定された。レスベラトロールには抗酸化作用がある。これは間違いではない。しかし、死亡リスクを下げるほどの効果はなかった。ジョンズ・ホプキンス大学の研究で、赤ワインを飲んでも死亡率は低下せず、心臓病やがんの死亡率の低下も見られないことがわかったのだ。

 それにしても、なぜ爆発的な赤ワインブームが起きたのだろうか。それは、それぞれの思惑があった。

 健康になりたい人にとって、「赤ワインさえ飲めば健康になれる」というのはかなり魅力的な健康法だった。いや、単にお酒を飲みたい人に、「健康にいい」という大義名分を与えてしまった面もある。ブドウの産地や赤ワインメーカーにとっても、赤ワインが売れれば都合がいい。ポリフェノールを増量したものや、健康をうたった商品も続々発売された。

 もちろん、赤ワインと健康の関係を研究している医学者にとっても、自分の研究が注目されることはよろこばしいに違いない。

 これら3者にとって、「赤ワインは健康にいい」というのは「都合のいい真実」だったのだ。そう思い込みたかったのか、思い込まされたのかはわからないが、ぼくはこれを「思い込み過剰症候群」と呼んでいる。

 いま巷を横行している「フェイク・ニュース(偽ニュース)」「ポスト・トゥルース(脱・真実)」も、ある集団や共通の価値観をもった仲間のなかで、目立てばいい、受ければいいという発想であぶくのように打ち上げられる。

 炎上上等。内向きに閉ざされている小さな世界の住人には、事実や真実はもちろん、モラルや常識なんて関係ないのである。赤ワインブームの「思い込み過剰症候群」も、これと構造がよく似ている。研究が進んで、「赤ワインが心臓病やがんを減らす」という説が否定されても、いまだに信じようとする人たちがいるのだ。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『検査なんか嫌いだ』『カマタノコトバ』。

※週刊ポスト2017年9月15日号