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「自分よりも大きな魚が釣りたい」

 幼きころからの夢を追い、“怪魚”と呼ばれる世界の淡水域に棲む巨大魚を求めて、5大陸を渡り歩いた。人呼んで“怪魚ハンター”、小塚拓矢氏。訪問国の合計は49か国、海外で過ごした日数は1075日。その2011年以降の旅の記録が『怪魚大全』である。

 たんなる「釣り」と侮るなかれ。それを極めようとした人間だけが見える景色がある……。怪魚をめぐって旅を続ければ、そこには多くの人と出会いがある。もちろん、楽しいことばかりではないことは想像に難しくない。ときには旅が、人生観までに影響を与えることもあるだろう。

 小塚氏にとって思い出深い怪魚と、それにまつわるエピソードを前回に引き続きうかがった。

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◆住む人たちの視点を知り、死生観が変わるキッカケとなった【ディンディ】

「パプアニューギニアの現地名でディンディ。和名はノコギリエイ、英名ではソーフィッシュ。この魚は、見るからに危険な牙をもっています。存在を知ってから7年間も思い続けてきた。恋愛もそうですが、僕は総じてしつこい男なんです。頭のなかに留めておいて、ずっとチャンスをうかがっているというか。パプアニューギニアには同じ場所に6回も足を運んでいる。レアな魚ということはもちろんですが、理由はそれだけではありません。同じ地域に10年以上通っていると、“旅人以上、パプア人未満”の関係にもなってくる。出会った人たちでも、結構な人が死んだ。それほど自然環境が過酷なのですが。僕自身もマラリアに罹ったことがある。そこで長い時間を過ごすなかで、学んだことがあります」

 実際、楽しいことばかりではなかったという。村人との付き合いのなかで、自身も学生から社会人へと立場も変わっていく。過去の旅を掲載した雑誌や書籍をお土産にもっていけば、喜んでくれる人もいる一方で、「オレの土地の情報が、世界に公開されてしまっている」とネガティブな反応を示す人たちもいた。ときには「二度と来ないでくれ」と突き放されることさえあったという。さらに、村人の金銭感覚を狂わせてしまったり、突如としてカネを要求されることもあった……。

「旅人として、ただそこで釣るだけではなく、“住んでいる人たちの視点”も持つことができた。それを可能にしてくれたのが、ディンディという魚なのです」

 果たして、パプアニューギニアの魅力とは……そこに何があるわけでもない。しかし、本当に重要なことがすべてあったのだという。

「“生きること”と“死ぬこと”は表裏一体だとわからせてくれた。自然環境の過酷な場所では、全てのことがすごくシンプルなんです。魚釣りのみならず、動物を狩ってそれを食べて旅を続けることもあったのですが、獲ったばかりの動物の肉には、体温が残っている。生で口に入れると、ディープキスしたときのような、不思議な感覚に陥り、『さっきまで、本当に、生きていたんだな』と思う。また、現地ではカメがごちそうなのですが、甲羅を割るため生きたまま腹を上にして火にくべると、バタバタもがいて、次第に息絶える。日本人の価値観では『かわいそう』と思うのですが、子どもたちはキラキラした目で『おいしそう』と見ている。こうした経験を通して、僕自身の死生観も変化しましたね。パプアニューギニアの辺境では、文明的な娯楽が少ないからこそ、生きることの生々しさというか、現代社会ではふたをして隠しておいたほうが都合が良さそうなイロイロが、浮き彫りになっていきました」

 小塚氏の言葉からは、たんなる“釣り”というだけではなく、どこか生き方や人生観までが伝わってくる。

「死生観という意味では、僕は時に自分より大きな生き物(魚)を傷つけ、不本意に死なせることもあるし、食べるために意図して殺すこともある。死なせるにせよ、殺すにせよ、いまでも『かわいそう』だという感情はある。食べきれないからと逃すなら、できる限り元気に水に帰してあげたいと思う。だからといって、旅に出る以前と比べれば、殺生にシリアスにはならない。『ありがとう』と、頸動脈を切ることができる。そしてそれは、法律より優先すべき理由があると判断すれば、人間相手にだって同じ……20代をひとつのこと(釣り)に打ち込んできて、確かな確信を持っていえるのは、僕らの常識とは違う価値観や時間軸で回っている世界がたくさんあったということ」

◆「童貞バンザイ!」と青春を叫んだ曲名【ニュンビ】

「まだ見ぬ1mを超える淡水魚が地球上にはまだまだいる、そう再確認させてくれたのが、アフリカで釣ったニュンビ。火の玉のような赤い目をしているのが特徴です」

 小塚氏は、かつてアフリカでムベンガという究極の魚を釣り上げた。経験を積み、知識が増えていくほどに遠ざかっていく“ナニカ”――。旅を続けるなかで、既視感を覚えることも増えた。ムベンガを釣り上げた感動は、もう二度と味わえないのかと。

 だが、それに近い輝きを「同行者次第で近づけることができるのではないか?」と考えた。

「初めてのことに過剰反応し、怒り、感動し、涙する力……“童貞力”が必要なのではないか。童貞の同行者に、それを求めたんです。僕は大学時代、軽音楽サークルをやっていました。超恥ずかしいんですが、バンド名は『ブルー・スプリングス』。和訳すると“青春”ですね(苦笑)。楽器はほとんどできないのでボーカルでした。アフリカへの旅に誘った童貞クンも高校時代にバンドをやっていて、バンド名は『テクノブレイカーズ』。意味がわからない人も、ググらない方がいいです(笑)。彼は楽器は全くできないのでボーカルだった。そんな香ばしい2人が旅に出たら、どうなるのか……(笑)」

 通常、演奏する際にはベースやドラムなどのリズム隊が存在する。彼らがペースを整えることでひとつの音楽としてまとまるのだが……あえてボーカル2人組で、何が起きるのか予測できない状況にしたのだという。

「僕ら2人とも、パンクバンドの『銀杏BOYZ』が好きなんですけど、日々の鬱屈などを叫んでみたら、ニュンビという曲になりました、みたいな(笑)。もしも釣れなかったら、僕たちの行き場のないエナジーはどうなっていたんでしょうね。……イベントなんかでは『なぜ釣りをするんですか』とか『どうして旅に出るんですか?』みたいな質問をよく受けるんですけど、そんな人たちって万事、意味を求めすぎている気もするんですよ。極論、僕らが旅に出たのは、彼女がいなくてヒマだったから。釣りしかヒマつぶしがなかったから。その程度のもんなんです」

◆怪魚が怪魚であり続けるために考えさせられた【ソング】

「その怪魚は、現地名ソング。そのことは、イランに入国して以降に知った。学名だけしか知らず、中東イスラム圏に飛びました。まだ見ぬ怪魚が、時代に燃えるチグリス・ユーフラテス河にいてくれて本当にありがとう、そんなことを思いながら」

 2013年10月、小塚氏は海外のホームページで驚きの画像を発見し、そこには学名が添えられていた。とはいえ、場所は中東。件の魚は、政情不安や情報規制により、今もなお未知な部分が多すぎる場所に住むらしい。インターネットが発達した時代、検索ワードさえわかれば、かなりの情報が得られる。しかし、巨大淡水魚情報にアンテナを張って10年以上の小塚氏でも学名「Luciobarbus esocinus」という検索ワードを、旅のとっかかりに得ることができたのが、2013年だったという。「むしろ情報がないことが、歓迎すべき情報だ」と。

「お金があれば行ける、釣れる、という場所や魚は、究極的な意味では燃えられない。煽りとか、ウリ文句とかじゃない、本当の意味での“生と死の狭間”、命を賭けてもいいと思える“冒険”。それがイスラムの大河にはあると思ったんです」

 2014年7月14日、小塚氏はトルコの首都イスタンブールに到着した。そこから自転車でケマリエという町を目指した。そこで釣れなければ、さらに東部のチグリス河源流・ハサンケイフまで行くつもりだった。しかし、現地のトルコ人が口をそろえてこう言う。

「ハサンケイフには絶対に行くな。バチバチやっている」

 しかし、実際に訪れてみれば、紛争地域がすぐそばとは思えない、のどかな雰囲気だった。さらに、外務省の海外安全ホームページではレベル3の「渡航中止勧告」、レベル4の「退避勧告」エリアにも突入した。だが結局、釣ることは叶わなかった。

 いったん帰国したのち、再挑戦で選んだのはイランだ。トルコ以上に“イスラム色が強い”国だが、それでも、チグリス・ユーフラテス河の流域の大部分を占めるシリアやイラクと比べれば、治安的不安は小さい。そこで、ウソとも本当ともつかぬ大魚情報を頼りに転々とした。ソングをめぐる旅は、それほど苦労していたにも関わらず、同年の11月1日。意外な結末を迎えることになる。

「イラン奥地のダム湖では、幻だと思っていたソングは、1日に何匹も釣れる魚でした。カネを払えば案内してくれる人もいた(笑)。この魚を幻にしていたのは、ある意味で予想通り、宗教や戦争であり治安だった。『いつの日にか、シリアやイラクを含め、自由に、安全に旅ができるようになる日を願う!』なんて、書籍に書く際のオチまで事前に考えて向かったのですが……実際に旅して出た結論は、逆でした。怪魚が怪魚であり続けるために、むしろ治安が悪いことは歓迎すべきフィルターではないかと。もう1歩踏み込んで考えるなら、人間が戦争していたほうが、怪魚たち生き物にとっては平和なんじゃないかと。スキあらば僕のような人間がまずやってくるし、安全に巨大魚が釣れるとなれば、カネにモノを言わせたオトナが押し寄せますから(笑)」

 世界平和、それは数ある地球上の生物の1種にすぎないヒト(ホモ・サピエンス)の、一方的願望ではないか……そんなことを思った1人旅の道中には、体験を通した気づきもあった。

「ISとか一部のキ●ガイのせいで、イスラム教って誤解されているなと。僕が旅路で出会ったイスラムの人たちは、愛すべきダメ人間が多かった。『アッラーに誓ってウソはない』と言いながら平気でウソをつくおじさんとか、割と普通に非合法の大麻(の樹脂を固めたチョコ)を吸っていたり……現実はとても人間くさくて、僕は好きだった。そんなことを、ソングという魚を追いかける旅路で、知りましたね」

◆「好きなことぐらいは全開でやろう」

 小塚氏は、これまでに世界各国で“怪魚”を釣り上げてきた。だが、紡ぎ出されるエピソードには、釣りだけにとどまらず、その土地独特の自然や文化、魚をめぐる様々な人間模様まで感じ取ることができるだろう。

「たとえば、女の子とマチュピチュを旅したとしても、マチュピチュ自体をそこまで見ないし、印象にも残らなかった。少なくとも僕の場合、景色より、それを見て喜んでる彼女の表情が記憶に残っているし、うまくいったことよりも、道中のちょっとしたトラブルを印象深く覚えています。ホテルの下水管が壊れていて、部屋中がウンコ臭すぎてロマンチックな気分が台無しにされたり、停電で暖房がつかず凍えたり……結局、旅ってのは、トラブルや病気などの回り道が、面白いんです。安全で、快適で、順調な旅なんて……僕はつまらない」

 とはいえ、小塚氏の旅をそのままマネしようとも「できない」と考えることが普通だろう。だが、だれでも何かひとつぐらいは夢や挑戦してみたいことがあるはずだ。インタビューの最後にメッセージを聞いた。

「何かをやろうとしても、お金や時間の制約など、できない言い訳を先に考えてしまいがちです。会社が……というなら、辞めればいいし、彼女(彼氏)や嫁(旦那)が……というなら、別れればいい。できるのに、やらないだけ。社会的な体裁や常識にとらわれず、好きなことぐらいは全開でやってほしいと思いますね」

<取材・文/藤井敦年>