「しかしアンタも、懲りないねえ…」
 行く手を遮るように、僕たちを乗せた釧網線の単行列車の前にエゾジカ様が降臨! こちらに向かってそんなことを語りかけたような、気がする。
 前の晩、釧路の夜の街──末広町で吞みすぎた。ひとりで……。
 凍てつく小さな線路を追いかけて、東京から1000キロ、北へ。日中も氷点下となる地で、力強い息吹に出会い、ひとり感極まって相変わらず吞んだ。
 釧網線の旅。最初の役者は、「SL冬の湿原号」。小ぶりな身体のC11形蒸気機関車が、釧路湿原の縁を縫うように走る単線の線路を、ズッハズッハと息を吐きながら走る。坂道となると、黒い煙を吐き出しながら、越えて行く。
 急カーブにさしかかり、車窓の隅っこに、僕らを引っ張るC11の姿が見えると、子どもたちの歓声がわく。それにこたえるように、その小さなエンジンはブォオオオッと汽笛を鳴らす……。
 モノトーンに包まれた釧網線に、ダルマストーブと乗客の熱気で満たされた列車が、静々と走り抜ける。
 車内に、赤らんだ笑顔がポッポッ。
 C11のボイラーに火を入れる機関助士を見て、またチカラをもらった。僕よりもはるかに若い男子たちだった。
 別れぎわ、子どもたちと同じノリで憧れの機関士たちに手を振ると、「お前もがんれよ!」という想いを込めて、手を振り返してくれた。
 蒸機とそれを操る人。世代を超えた役者たちの共演に、ウルッときた。
 釧路には、釧網線や根室線のほかに、もうひとつ、忘れてはいけない鉄路が、ひっそりと、敷かれている。
 太平洋石炭販売輸送臨港線。
 釧路駅の南、春採湖のほとりに、石炭の街として繁栄の礎を築いた線路の一部が、かろうじて残る。いまも、この線路の上を、知人駅と春採駅の間を結ぶ石炭列車が走っている。
 人気SL列車と別れ、タクシーで春採駅へ向かう。運転ダイヤなんぞ知るわけもなく、ひとり、突き刺すような冷気の中、ボーッと立っていると、「突っ立ってたら凍っちゃうぞ!」と、フリーズした中年男を再起動させるかのように、踏み切りのカンカン音!
 アメリカンなディーゼル機関車がこちらに迫ってくるじゃないか。
 ちょうど石炭を貨車に積み込むところだったらしく、列車が目前でいったん停止したところで、マッチョな機関車の運転席から、思わずグッとくる言葉が飛び出てきた。
「これが、きょう最後の運転だよ」
 北の訛りが混じった素朴なひと言。夢中になってカメラを向ける中年男に、運転士がさりげなく教えてくれた。
 この優しい石炭男も、僕より若い、30代と思しき男性だった。厳寒の地で、ひたむきに、熱く生きるガテン系若人にまた出会えた。感謝感謝と空に礼を言いながら、慌てて春採駅を離れる。
 走った。小学生の1000メートル走のときよりも苦しかったが、走った。
 石炭を積んだ長大な列車の駆け抜ける姿を、丘の上から見届けたいと、無茶を承知で走った。いつ来るかわからない列車を待ち構えるために……。
 釧路の石炭がもたらす、熱い吐息にいっぱい出会えた日の夜、末広町。酔った勢いでハシゴしたバーで、またも氷点下の「熱き心」に出会えた。
 こんどは20代の男子マスター。
 札幌などで接客の仕事を経験し、生まれ故郷のここ釧路で、ひとりでバーを開いたという。頼んだアイリッシュをそっとこちらに出しながら……。
「やっぱ釧路って帰りたくなる街なんすよね。みんな結局帰ってくる」
 そのひと言が妙にココロに響いたのか、そのあとの記憶が、曖昧……。断片的だけど、領収証をそっと折って出してくれるのも共通。額面を隠すようにして、そっと渡してくれる。これも、氷点下の人肌か。いままで触れたことのない、あったかさだった。(つづく)

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年4月号に掲載された第11回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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