グリーンバレー(徳島県神山町)のサテライトオフィス


 サテライトオフィスやスタートアップ企業の設立を地方自治体が誘致したり、実際に若者が移住したりするということはもはや珍しくなくなった。その先駆けともいえるのが徳島県神山町のグリーンバレーだろう。

 その名はすでに広く知られており、全国の自治体や団体からの視察が後を絶えない。長く続くには理由があるに違いない。それを尋ねるため神山へ向かった。

 NPOグリーンバレー理事長大南信也さんに話を聞くと、グリーンバレーが世代交代を迎え、新たな転換期に入っていることが分かった。今後、他の地域も直面するであろう課題も踏まえ、話を聞いた。

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移住者ではなく、受け入れ側が人を選ぶ

 徳島市内から車で50分。県北東部に位置する町が神山だ。山と川に囲まれ、お遍路さんの姿もあちこちに見ることができるこの町は、日本だけでなく海外からも移住者が多い。そのため町中で外国人の姿を見ることも多く、初めて訪れた人は驚くかもしれない。まぶしい日差しの中、神山町農村環境改善センター内にあるグリーンバレー事務局を訪れた。

NPOグリーンバレー理事長大南信也さん(左)と筆者。大南さんの会話は興味深いことが多く、かつ、面白い。カリスマ性の高さを感じさせる人物だ


 この日も筆者の他にグリーンバレーを取材に訪れていた媒体があり、関心度の高さがうかがい知れた。グリーンバレーが長く続いていることについて尋ねると大南さんは意識の違いを挙げた。

「通常は、移住してくる側の意向を重要視する団体や地域が多いと思いますが、ここでは受け入れる側が移住者を選んでいます。誰でもウエルカムというわけではなく、『ここにパンを焼ける人が欲しい』というように、移住してきてほしい人物像を具体的に描いて町が募集をかけます。これならば求めている人材を探せるだけではなく、移住者も自分が町に求められていると感じられるので双方にメリットがあります。フィルタリングすると同時に移住者の意識も変わるというわけです」

 誰にでも門戸を開くわけではないのでデメリットもありそうだが、大南さんによるとマッチングをしっかり行うことでメリットの方が大きいという。

グリーンバレーのサテライトオフィスには、この日も外国から見学者が来ていた


 とはいえ、最初からうまくいったわけではない。前身であるプロジェクトは、アートで町おこしをするというものだった。国内外のアーティストを町に招待して一定期間居住してもらい、作品を制作してもらうのだ。こうした取り組みは各地で見られ、筆者は以前、同じような取り組みとして、神奈川県の藤野町(現・相模原市緑区内)を取材したことがある。

 だが当時は町の知名度もなく、2002年度は応募者が21人に過ぎなかったという。そこで、大南さんは広報の仕方を変えた。まず海外の美術大学や美術館などへ大量に案内のメールを送った。さらに、運営組織の信用を得るために、返信は必ず24時間以内に行った。その結果、2003年には応募者が約8倍の170人に跳ね上がったという。

「アートからスタートしたのは、自分たちが当時持っていた力や資源でも可能だと考えたからです。何かの施設をつくる必要もない。またアーティストに力を発揮してもらうため、神山でしか実現できないようなサポートの提供を目指していました。もともと神山には『わけの分からないものであっても、まずはやってみる』という気質があった。アートの受け入れもそれが基盤になっているんでしょうね」

 神山には「創造的過疎」という言葉がある。人口減少を与件として受け入れ、農林業など元からある仕事だけに頼らずに、『ICTインフラを活用したビジネスの場』としての価値を高め、持続可能な地域を目指そうという考え方である。それがまずはアートから始まり、アート作品や新たな人を呼び寄せる環境が創造された。

 神山でしかできないものを目指したからこそ、自分たちのできることをすべてやろうと心がけ、結果的に移住者への細かなケアにつながったのだろう。当初、大南さんたちは海外からアーティストがやって来る際は事前にテレホンカードを郵送しておいた。アーティストが空港に到着した際、わざわざ日本円の小銭を用意することなく電話をかけられるようにという配慮である。その電話を受けて、バスの到着時間に停留所に迎えに行く。初めての町で不安を感じていた海外のアーティストたちは大いに安心したに違いない。それが、海外で評判を生んだ。

 町の知名度が向上し、移住者が増えていく中、神山の可能性はアート以外にも広がっていく。徳島は「ひかり県」と呼ばれることもあるほどITインフラが整備されている。これを売りにサテライトオフィスやシェアオフィスの受け入れを始めると、神山はグリーンバレーとして日本全国から注目を集めるようになった。

 ITベンチャー企業の「sansan(サンサン)」が神山にサテライトオフィス設置したことは大きな話題を集めた。創業者である寺田親弘さんはシリコンバレーで働いた経験を持ち、日本の都心での働き方に疑問を持っていたという。神山を訪れたところ、自然環境もネット環境も申し分ないと判断し、2010年10月にサテライトオフィスを設立した。これをきっかけにIT企業の参入が増え、ほかの町のモデルケースになっていく。

移住者が“町の中継ぎ”に

 アーティスト、IT企業、そして住民たちが共存する町、神山。その神山はいま新たな段階を迎えようとしている。

「どの地方も直面している問題ですが、50代の働き手の層が薄いんです。ちょうど都会に出てしまっている年代なので、グリーンバレーも同じですね。この町は、元々住んでいた住民と移住者が混ざっていますが、若手中心の移住者が“町の中継ぎ”をしているというイメージです。中継ぎの後は、元々住んでいた住民や子どもたちと移住者が一緒になってこの町を作っていってもらいたいと思っています」

 同じ徳島県の上勝町では、住民のおばあちゃんがIT端末で情報を収集しながら葉っぱを拾い料亭などに卸す「葉っぱビジネス」がある。地域創世や人口の過疎化の歯止めになるかと期待もされたビジネスだったが、町や山の自然を熟知していないと葉っぱを拾えないという課題もあり解決には至っていない。

 神山がいま目指しているのは、何もない場所に「誰もが関われる関係」を築いていくことだ。仕事を求めて都会に出てしまい薄くなっている層の下に、移住者がいる。そして彼らから生まれた子どもたちも参加し、次は町を支えていく。そこまでが町づくりのモデルケースとなっていくのだろう。

田舎の「隙間」が面白い

 グリーンバレーが成功した理由は大南さんの信念にあるのかもしれない。「田舎という枠を少しずつ押し広げると、そこに隙間ができる。その隙間が面白いんです」と話す大南さん。

神山サテライトオフィスの正面にあるWEEK神山は、宿泊ができる仕事場。これも1つの広がりといえそうだ


 筆者の好きなアルゼンチン出身の作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』の序文に、「誰しも知るように、むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」という言葉がある。生活の中で一見無駄にも思えるような余白を大切にする気持ちはそれに通じている。だからこそグリーンバレーに世界中から人が集まってくるのかもしれない。

 大南さんのモチベーションは何か尋ねてみた。

「せっかく自分が生まれ育った町だからワクワクしたい」と少年のように目を輝かせる。学生時代にアメリカのカリフォルニアにいた大南さんにとって、型にはまった田舎での生活は窮屈だという。その一方で、地域と人の結びつきなど田舎ならではの良さも知っている。「自由なカリフォルニアと日本の田舎。その中間のような町を作りたいですね」

想定していないことが起こるのが楽しい

 グリーンバレーの住人たちが次の世代に移り変わっていくにあたって課題もある。

「町と移住者、それぞれの向き合い方をうまくバランスを取っていくことが必要になります。また、この町のサイズに合った変化のスピードがある。変化していくことは重要ですが、そのスピードに調整をかけていくことはもっと必要です」

 大南さんは、田舎町の中に存在する余白を楽しみながら町づくりを行う中で、想定していないことが起こるのが楽しいともいう。

「人や物事に対していい向き合い方、真っ直ぐに向き合っていると、いいことが起こると信じています。思いがけないことが起こり、結果として徳島の価値が上がるといいなと思っています」

 新しいものが生まれ、そこに人が興味を持つときにまず注目するのは、その中心人物だ。神山には大南さんというカリスマ的なリーダーがいる。大南さんを中心に注目を集めているこの町が、移住者と、そこで新たに生まれた子どもたちと一緒に変わろうとしている。それができて初めて地域創世が成功したといえるのだろう。各地で同じようにトライしている地域や団体も神山のこの分岐点に注目している。

 

大南 信也(おおみなみ・しんや)
認定NPO法人グリーンバレー理事長。1953年徳島県神山町生まれ。米国スタンフォード大学院修了。過疎地域が生き残るための解決策を見いだそうと、90年代初頭よりアートや環境を柱に地域と世界をつなぎ、グローバルな視点での地域活性化を展開。ワークインレジデンスによる若者や起業者の移住、ITベンチャー企業のサテライトオフィス誘致による雇用の創出などに取り組む。ふるさとづくり有識者会議委員(内閣官房)、徳島大学客員教授、四国大学特認教授、東北芸術工科大学客員教授。

【筆者からのお知らせ】
9月14日、おにぎり協会代表理事を務める筆者と、新規事業創造塾プログラムディレクター、一橋大学大学院商学研究科MBAコース「ビジネスプランニング」講師の秦充洋氏による「『新規事業創造塾』共創型ワークショップ」(日経BP社主催)を開催します。「食」と「地域」のイノベーションとブランディング、事例と実践的手法などをご紹介します。詳細はこちら。

筆者:中村 祐介