「Thinkstock」より

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 9月に判決を迎えようとしている「タトゥー裁判」。タトゥーは医療行為に当たるとして彫師を医師法違反で追及する検察と、伝統的なアートの一種であると主張する彫師側の見解が真っ向から対立し、その裁判の行方が注目されている。

 弁護団の中心人物といえる亀石倫子弁護士は、「GPS裁判」でも弁護を担当し、世間の耳目を集めている。亀石氏は、会社員から弁護士へ転身という異色の経歴を持っている。亀石氏は、なぜ今回のタトゥー裁判の弁護を引き受けようと思ったのか。その真意を聞いた。

●普通の会社員を辞めて弁護士になったワケ

――弁護士としては異色の経歴ですが、なぜ弁護士になろうと思ったのでしょうか。

亀石倫子氏(以下、亀石) 正直、直感です。地元の通信会社で会社員をしていたのですが、入社当初から組織で働くのは向いていないと思い、3年ほど勤務して退社しました。退社してから、夫が大阪に住んでいたので私も大阪に来ました。組織に所属しなくても個人でもできる仕事がしたいと思い、たまたま立ち寄った書店で司法試験のパンフレットを見つけたのがきっかけです。

 大阪に来てからは仕事をしていなかったし、大阪に友人がいなかったこともあり、「時間ならいくらでもある」と毎日勉強の日々でした。大学は女子大の英文科で法学とは無縁だったので、司法試験の予備校にも通いました。しかし、そう簡単にはいかないもので1度目の試験は落ちました。そこからロースクール制度が始まり、2年ほど通って改めて受けたのですが、合格ラインのギリギリでまた落ちてしまいました。「3度目の正直」との覚悟で1年浪人して臨んだところ、合格したんです。

――大阪パブリック法律事務所時代は刑事事件専門だったと聞いています。

亀石 そうです。民事事件はほとんど受けませんでした。修習生のとき、大阪は地域柄もあってか、難しい刑事事件が多いところだと痛感しました。そういったこともあり、刑事司法に関わる裁判官、捜査機関のレベルが高く、それに負けじと弁護する弁護士のスキルも高いと思いました。そのなかでも、特に刑事事件に特化した活動をしている大阪パブリックで多くを学ぼうと思い入りました。そういった経緯もあって、当時は刑事事件ばかり受けていましたね。

――現在は独立されていますが、やはり刑事事件専門ですか。

亀石 いいえ。今は、離婚や不倫の慰謝料請求などの家事事件や民事事件を中心にご依頼をお受けしています。大阪パブリック時代とは違い、今は女性一人で経営しているということもあり、家事・民事事件がメインですが、ほかの事務所の弁護士からの依頼などもあり、刑事事件も数件担当しています。

●タトゥー事件の弁護を引き受けた真意

――なぜ今回のタトゥー事件を受けようと思ったのでしょうか。

亀石 知人の弁護士から増田太輝さんを紹介されたことがきっかけでした。その弁護士はかつて、大阪市による刺青アンケート問題に関する裁判にかかわっていた関係で増田さんが相談に来られたそうです。増田さんの事件は刑事事件ということもあったので、かつてクラブ「NOON」の風営法違反裁判を担当していた私を紹介してくださいました。

 私は、増田さんのお話を伺っていくなかで、長い歴史と文化的な背景がある彫師という職業が突然、医師法違反と言われてしまうのはおかしいのではないかと感じました。

 私はご相談を受ける時、法律上の理屈も大事ではあるのですが、自分の直感で「おかしい」と思うかどうかが先にくるタイプなので、今回のタトゥー事件もそういった部分が先行して「戦わなければならない」と思いました。

――タトゥーは社会的にあまり良い印象がありませんが、抵抗はありませんでしたか。

亀石 多くの刑事事件を担当するなかで、「偏見を持つ」ことが真実を見えなくすると実感していました。そのため、タトゥーや彫師に対して抵抗や偏見はありません。実際に増田さんをはじめ、色々な彫師にお会いして話を伺ったのですが、とても真面目な方が多かったです。どちらかというと、アーティストや職人といった感じです。美しいものが純粋に好きで、自分がそういったものを創造できるということに誇りを持っていらっしゃる方ばかりでした。

 今回の裁判が始まり、彫師の方々や体にタトゥーを入れている方々は、皆さん一丸となってシンポジウムや署名運動などの活動をされています。世論は裁判の行方にも無縁ではありませんので、今後も活動を続けていってほしいと思いますし、彫師に特化した衛生管理に関する法整備を行うことも今後大事になってくると思います。この裁判をきっかけに、タトゥーがよりメジャーなものになっていってほしいと思っています。

――初公判の冒頭で、谷崎潤一郎の小説『刺青』を読み上げた理由を教えてください。

亀石 「其れはまだ人々が『愚』と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった」

 これを読み上げたのは、今回の裁判の核心を、誰の心にも届く言葉で伝えたいと思ったからです。今回の裁判は、医師法という法律の解釈に関わる難しい問題なので、一般の方は、なかなかスッと理解できないと思うのです。難しすぎて眠くなってしまうかもしれません。まずは傍聴席の方々に「何か始まるぞ」みたいな空気を感じてもらって、誰でも理解できるような簡単な言葉で、問題の本質を伝えられればと考えました。

――タトゥー裁判に関する過去7回の公判の感触を聞かせてください。

亀石 手ごたえは感じています。検察官が主張する理屈では、裁判官は有罪判決を書けないのではないかと感じます。ただ、最後までどうなるかはわかりません。弁護側が勝てば検察は控訴するでしょうし、弁護側が負ければ当然控訴するので、最終的に最高裁までいく可能性があります。最後まで気を抜かずに全力で闘っていこうと思っています。

――判決後は、法整備について、どのように働きかけていく予定ですか。

亀石 クラブを風営法違反で摘発した「クラブNOON事件」では、世論や政治家の関心が強く、裁判と法整備を同時進行で行うことができたのですが、タトゥー事件はそこまで世論や政治家の関心が高いとはいえない状況です。そうした事情もあり、まずはこの裁判でどのような判断が下されるかが、とても重要になってきます。裁判の結果を踏まえ、法整備も良い方向に進めていけるように願っています。

――ありがとうございました。
(構成=作道美稚代)