「都営地下鉄との統合は経営課題だが、相手があること」「上場は株主が考えることだが、準備は怠らない」と慎重に語る東京鉄下鉄の山村明義社長(撮影:梅谷秀司)

東京に網の目のように張り巡らされた地下鉄9路線を運営するのが東京地下鉄だ。愛称は「東京メトロ」で利用客にはこちらの方が親しみが深いだろう。
路線の一つ、銀座線は1927年開業の日本最古の地下鉄で、前身の会社を含め、同社は東京の地下鉄整備を牽引してきた。2004年に民営化され、1日当たり利用者723万人、鉄道事業の売上高3691億円(2016年度)は国内の私鉄最大を誇る。
一方で、急増する訪日観光客の対応や都営地下鉄との連携など課題は山積する。今年6月に就任した山村明義社長に今後の方針を聞いた。

訪日客の利便性をさらに高める

──2020年夏の東京オリンピックに向けて、訪日客への対策は?


東京メトロは2017年春、自動券売機と自動精算機の案内言語にフランス語とスペイン語を追加した。2018年春にはタイ語を追加し、7言語対応とする計画だ。(写真:東京地下鉄)

自動券売機や駅ホームの自動旅客案内装置を多言語表示化することや、駅構内や車内の無料Wi-Fiサービスの整備を進めている。

最近は深夜に空港に到着する訪日客も多いので、その日限り有効の一日乗車券だけでなく、使用開始から24時間有効というチケットも売り出した。48時間券、72時間券も売り出している。

──日本人の利用者も含め、「駅の案内表示がわかりにくい」という指摘がある。

以前から工夫を重ねているが、なかなかゴールが見えない。最近では単にエレベーターのピクトグラム(絵文字)を表示するだけではなく、「何メートル先にエレベーターがある」ことがわかるような、よりわかりやすい表示を心掛けている。これからも改善を続けていく。

──大手町のような大きな駅は、使い慣れている人でも迷う。

確かに、4〜5路線が乗り入れている駅では、案内がわかりにくかったり、案内が途切れて立ち往生したりすることがある。私自身も、行き慣れない駅では迷って引き返したりすることがある(笑)。自分で気づいたことを担当部署に「こうしたほうがいいのでは?」と話をすることもよくある。

都営とのサービス一体化をまず進める


山村明義(やまむら あきよし)/1958年生まれ。1980年東北大学工学部卒業後、帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)入団。専務取締役鉄道本部長などを経て、2017年に社長就任。 (撮影:梅谷秀司)

──都営地下鉄との経営統合は進めていくのか。

経営課題であると認識しているが、相手があること。まずは両社の間でサービスを一体化する取り組みを進めていく。

たとえば、「のりかえ専用改札口」を設置することで、都営の列車を降りてメトロの改札から出るといったことが可能になる「改札通過サービス」を進めている。また、九段下駅のように都営と改札を共用している駅もある。

運賃については都営とは70円の乗り継ぎ割引を従来から行っているが、この拡大も含めて、どのようにすれば利用者の負担を減らせるか、両地下鉄の経営にどう影響を与えるかといったことを、都や国と勉強している。ただ、まだ方向性を出せる段階ではない。

──株式上場の計画は?

それも重要な課題だが、上場は株主(保有比率:国53.4%、都46.6%)が考える話だ。当社は企業価値を向上させ、いつでも上場できるよう準備をしておきたい。

──新線建設の計画はあるか?

2008年に開業した副都心線を最後に新線建設は行わない方針だ。(国や都から)もし協力を求められたら、経営に悪影響を及ぼさない範囲で行うという方針で対応する。その線引きはしっかりやる。

──海外展開にも乗り出している。

ベトナムのハノイやホーチミン、フィリピンのマニラなどで、鉄道の運行や維持管理に関する人材育成を中心に協力している。最近は採用活動において海外展開に関心を持つ学生も増えてきた。ただ、これが今後のビジネスになるかは見極める必要がある。

――人事部の課長時代に、働きながらビジネススクールに通っていた。

2005年から2007年にかけ、東京・茗荷谷にある筑波大学大学院ビジネス研究学科に通っていた。上野にある会社からは30分くらいかな。

――ビジネススクールに派遣する人事制度を活用した?

当時はそうした制度はなかったと思う。自分の意志で通った。2004年に民営化したので、民営化後に従業員の意識をどうすれば高めることができるかというのが研究テーマだった。

クラスでは20〜30代の方が多かったが、自分は40代半ば。でもいろんな話が聞けて勉強になった。通った経験が血となり肉になっているという部分があるかもしれない。

再発防止策だけでなく未然に防ぐ方策を

――ビジネススクールに通ったということは、将来は社長になりたいと当時から考えていた?

それはない。もともと技術系で入社したのに、人事というマネジメント的な職場に来たので、経営学を勉強しておいたほうが仕事に役立つのではないかと考えた。

――社長の内示があったのはいつですか?

比較的最近だった。大変な仕事だが、ほかにやる人がいないのなら、自分がやらなくてはいけないのかなと思った。


東京メトロが2016年4月に新木場駅近くに開設した総合研修訓練センター。これまで分散していた研修施設を統合した。訓練設備に81億円を投じ、東京メトロで起きうるトラブルのすべてを再現可能だ。社員の安全意識を作り出す拠点となっている(撮影:尾形文繁)

――社長になってまず着手することは?

安全対策だ。事故の再発を防ぐという企業文化は社員の間で定着しているが、事故が起きてから対策を取るのでは不十分。事故を未然に防止するために普段から何をしなくてはいけないかということを重視していきたい。

  (週刊東洋経済9月2日号「この人に聞く」に加筆)