無電柱化された都道(奥)と電線がはびこる区道(手前)。区道の無電柱化はほぼ手つかずだ(記者撮影)

「クールビズが定着したように、当たり前だったこと(電柱がある風景)を見直すのが重要です」

7月中旬、東京都内で催された無電柱化に関する最新技術の展示会「無電柱化推進展」での一幕。小池百合子東京都知事が行った基調講演は立ち見客が出るほどの盛況ぶりだった。

無電柱化とは、電線や通信線などのケーブルを地中に埋設し、電柱を道路から撤去すること。災害時に電柱の倒れる危険がなくなるだけでなく、歩道が広くなり、景観も向上する。

都道は電柱の新設禁止

無電柱化は小池氏が衆議院議員時代から執念を燃やしていた政策だ。9月からは念願の「無電柱化推進条例」が施行される。都に無電柱化政策を推進する責務を課し、都道における電柱新設を原則禁止した。

2017年度の予算案でも無電柱化に約250億円を配分。首都高速道路中央環状線の内側や、東京五輪の競技施設周辺など、都心部で集中的に推し進める計画だ。

だが、防災やバリアフリー化が必要なのは都道に限らない。身近な生活道路である区道も重要だ。

都が無電柱化の対象とする都道は23区内で1288キロメートル。無電柱化率は約55%(2016年3月末時点、以下同)に上る。

他方で23区が管理する区道は総延長1万0621キロメートルもある。23区すべてに無電柱化状況を問い合わせ、独自に集計したところ、全区道の無電柱化は約370キロメートル、比率にしてわずか3%強にとどまることが明らかになった。


最も進んでいる中央区で約55.4キロメートル(無電柱化率35%)、進んでいない板橋区で約2.2キロメートル(同0.3%)。その値は“無電柱化格差”ともいえる状況を呈している。

もともと、無電柱化は東京電力ホールディングスやNTT東日本などの電線管理者が独自に行っており、電力・通信需要の強い銀座や日本橋など、一部地域に限って進められてきた。

民間主体での無電柱化は費用対効果の見合った地域でしか行われない。そこで1986年の「第1期電線類地中化計画」を皮切りに、計画や施工が行政主体で行われるようになっている。

再開発で一気に無電柱化が進む


左の区道は電柱のまま、右側の都道は無電柱化が終わっている(記者撮影)

政策的な背景もあり、中央区や港区などの都心区は1990年代から専従職員を配置し、「つねに4〜5路線で無電柱化計画が動いている」(港区土木課地中化推進係の徳永康宏係長)状況だ。

こうした区域では再開発も追い風になっている。

たとえばUR都市機構が手掛けた「晴海三丁目西地区」(中央区)では、無電柱化に関連する調整から工事完了まで、一般的な工期の半分である3年半で済んだ。

再開発に伴い権利関係が清算されるため折衝が容易で、工事費用や各方面との調整もデベロッパーが肩代わりする。そのため、都内の再開発区域のほとんどで無電柱化がなされている。

一方で、住宅が集中する区域の状況は厳しい。文京区の場合、無電柱化に人手を割く余裕がなく、道路課の職員が兼務でこなしている。無電柱化が終わった区間は2.9キロメートル。

このうち、区主導で行ったのはわずか約750メートルで、それも「歩道の拡幅工事が先にあり、付随して無電柱化も行った」(文京区道路課)。

もう一つの問題が工期の長さだ。都によれば400メートルの道路を無電柱化するのに約7年かかる。周辺住民などとの折衝に時間が費やされるほか、着工後も、騒音や振動、通行止めに対して、苦情の噴出することが珍しくない。

そのため住民側の反応もいま一つだ。板橋区では、2010年ごろに商店街の無電柱化を検討したものの断念した。「営業中の店の前で工事を行うのは厳しい」(板橋区役所に程近い遊座大山商店街)ためだ。

文京区は現在、歩道の拡幅に伴う無電柱化を1路線で計画中だが、「(時間がかかる)無電柱化はいいから歩道拡幅を早くしてくれ、という意見が住民から出るのは確実」(同区道路課)と懸念する。

中央区ですら、1年間で無電柱化される道路はわずか数百メートル。「仮に今のペースで進んだら、(完全無電柱化に)200年はかかるだろう」(中央区道路課)という。

肝心の都は、住民折衝について、「あくまで区の事業であり、都が説明に出向くわけにはいかない」(都建設局道路管理部)と、距離を置く。

業者側も冷ややか?

国土交通省によれば、無電柱化の費用は1キロメートル当たり5.3億円。仮に残りの全区道を無電柱化するとしたら、ざっと5.4兆円もの費用が必要になる。


当記事は「週刊東洋経済」9月9日号 <9月4日発売>からの転載記事です

ただ、こうした潜在需要があるとの見方に工事業者の多くは冷ややかだ。「周辺住民への対応が煩雑で、新規参入業者は多くない」(無電柱化の施工を得意とするジオリゾームの井上利一代表)。

通信工事大手のミライトも「案件こそ多いが、(工期が長く)工事の粗利はよくない」と打ち明ける。

都知事が進める無電柱化政策は、都道が主体になっている。防災やバリアフリーという本来の趣旨に照らせば、区道も議論の俎上に載せる必要があるのではないか。