望んでいたものは手にした。先週の月曜日にバルセロナと2022年までの契約を結んだウスマン・デンベレ。しかしその移籍のためにストライキという手段にまで出たフランス代表だが、スペインのSportに対して謝罪ではなく、あくまで正しい行動をとったとの見方を強調した。

もしもクラブからどうしても移籍したいと思うのであれば、いったいどう行動すべきなのか?単純にもうそこにはいかないということ。それがデンベレが行なった作戦である。8月はじめの練習に突如として姿をみせなかったデンベレについて、ドルトムントのペーター・ボシュ監督は「今日はここにいない。そして本当に正直に申し上げるが、なぜなのかまったく知らないんだ。我々は彼とコンタクトを取ろうとしているのだが、それもできていない状態なんだよ。何か悪いことでもなければいいが、とにかく今はここにはいないんだ」とコメント。

しかしその心配とは裏腹に、デンベレにとってはこれは計算ずくの行動であり、別の言い方をするならば「我が道を行く」スタンスを貫いたまでのことだ。「僕は落ち着いていたし、問題はあくまでクラブ間での交渉だよ」とインタビューのなかで語った20歳のFWは、「我慢が必要だとわかっていたし、もうトレーニングにいかないと決めていたんだ。僕はそうしたくなかったのさ。そこにいかないためのいいわけを探していたくらいさ。もしもバルセロナとの契約を結ぶために強硬手段にでなければ、おそらくは今頃僕は後悔をしていたことだろう」との見方を示している。

その結果リヴァプールのフィリッペ・コウチーニョとは対照的に、あくまで自身の意思を貫き通ことに成功。また所属するドルトムントも、他のブンデスのクラブたちを代表してバルセロナと徹底抗戦。最終的には昨季6得点13アシストを記録したデンベレの売却により、最大で1億4800万ユーロにも上る破格の移籍金を手にすることに成功した。

8歳からバルセロナのファンであったというデンベレは、レンヌからドルトムントに移籍する前にもバルセロナからのオファーがあったことを明かし、「でもそのときはまだ、プロになって6ヶ月の選手でしかなかったんだ」とコメント。メッシやネイマール、スアレスらとの定位置争いでは、練習では多くのことを学べたかもしれないが「でも僕の成長はストップさせられただろう。幸運にもまたバルセロナは獲得に動いてくれたし、今回のチャンスを逃すようなことはしたくはなかった。」と言葉を続けている。

なお2016年夏にドルトムント入りを決断したことについては、「僕は学びたいと思ったし、チャンピオンズリーグでプレーしたかった。大会のことも知りたかったし、いいチームで1シーズンを過ごしたいと思ったんだよ」と説明。そしてその言葉通りに、デンベレはわずか1年のみで、ドルトムントを後にすることを決断した。