一旦消費が落ち込んだ後に、じわじわと盛り上がっている日本酒。若い人でも好んで飲んでいることも多いのではないだろうか?

日本酒の地酒蔵がクラフトでカッコいいと語られることが多くなってきている反面、カップ酒やパック酒を売る大手の日本酒メーカーにはあまりいいイメージがない人も少なからずいることだろう。どうしてもスーパーやチェーン店に置いてある酒のイメージが強く、お酒好きの間では好きとは言いにくい雰囲気がある。

先日、大阪の日本酒専門店入っておすすめを聞いたところ、出てきた名前が月桂冠だった。正直なところ「月桂冠てスーパーやチェーン店に置いてあるお酒じゃないの?もっと地方の地酒が飲みたい…」と思いながら飲んでみたもののその味に驚いた!

詳しく聞いてみると、月桂冠は優れた研究施設を持っており、地方の蔵が逆立ちしても勝てないような技術レベルだとか…味に心を打たれたので実際に月桂冠に行って話を聞いてきた。

13歳の社長大倉恒吉が転機

月桂冠は1637の創業から380年間続く酒造メーカー。鳥羽伏見の戦いが近辺で起こり戦火が迫る中辛うじて被災を逃れるなど、激動の時代を生き抜いてきた。

伏見の小さな酒屋に過ぎなかった月桂冠だが、明治期になり11代目の当主・大倉恒吉が13歳で家業を継いだ。恒吉が生きている間に酒の数量で500石(約9万リットル)から100倍の5万石(約900万リットル)まで事業を拡大した。

当時恒吉は日本酒メーカー初の酒造研究所を設立。今まで職人の”カン”に頼られていたお酒造りだが、そういった中お酒を様々な角度から科学的に研究し、お酒が腐らないようにする手法を見出し、防腐剤なしの日本酒を発売するなど、商品力を強化していったそうだ。

マーケッティングありきの商品ではない

大衆向け商品がある一方で、現代にも月桂冠のモノづくりの精神は受け継がれている。プレミアムラインとして用意されている「伝匠」だ。

一昔前、日本酒は造れば売れる時代で、そういった時代だからこそアイテム数も限られ、製造現場の声を活かした商品は少なかったという。

「伝匠」の醸造責任者高垣さんも月桂冠のアメリカで量産型の純米酒を造っていた。アメリカで働いた帰国後、「伝匠」のお酒造りの責任者として、味づくりを含めて仕事を行うことになったという。

「日本酒の消費量は減ってはいますが、美味しい日本酒を飲みたい若者は多くいます。大手メーカーということもあり、今までマーケティングの発想で造る日本酒が多かったのですが、マーケットインした形で現場の飲みたいお酒を届ける必要性を感じており、アメリカから帰国後、その責任者を任せてもらうことになったんです。伝匠を造る際に営業から言われたことは山田錦を使うということだけでした。私としても、造り手の視点でいい日本酒を造りたい思いが当時は強かったんですよ」と「伝匠」が生まれた当時の話を教えてくれた。

MBAはお酒造りのどこに活かされている?

ところでなぜ高垣さんはMBAを取ろうと思ったのだろうか?聞いてみると「清酒業界において、競争優位性を確保するためには、単にお酒を造るだけではなく、自社の持つ経営資源としての酒造技術を効率的に活用し、市場に送り出すことが必要と感じていました。所属する醸造部は、文字通りお酒を造る部門ですが、そのためには、製造に携わる者こそが経営を理解すべきではないかという考えに至り、会社のバックアップも得ることが出来ました」とのことだった。

MBAというと日本語で経営学修士を意味し、会社を経営し、お金を稼ぐための学問というイメージが強い人も多いと思うが、実際お酒造り役立つことも多く学べたという。

「MBAの修士課程の中には組織行動論というものがあり、この考えはとても役に立ちました。この学問はざっくり言うと『チームがどう機能するか?』というものを体系化したものでして、考え方によっては日本酒造りそのものなんです。日本酒は一人で造るものではなく、チームワークで造り上げるものですから。考え方は大いに役に立っています」

またMBAを学ぶ中でMOT(技術経営)という分野もあり、この考えも役に立ったという。

「MOTの講座では『会社が今持っている技術をどう活かして商品化、資産化していくのか?』ということについて学びましたが、この考えも非常に役に立っています。我々造り手は『良いものを造れば売れる』という発想になりがちですが、造ったお酒を会社の資産として『どう買ってもらうか?』『どう飲んでもらうか?』といったことを経営の視点で考えなくてはなりません。

今の時代は良いものを造るのは当たり前で、どうアピールしていくかというのも大切です。私の本業はお酒の醸造ですが、マーケットインした考えを学ぶためにも、販売している売り場や展示会で積極的に話を聞いたりしています」と造り手としてのこだわりを持ちながら、消費者に寄り添わなければいけないという考え方になっていったそうだ。

科学も大切、感性も大切

月桂冠はスーパーなどで販売されるいわゆるエコノミータイプの酒が売り上げの多くを占める。「大手一号蔵」では、大型タンクで仕込みを行い、年間10万石(約1800万リットル)ものお酒を7名で分業して造っている。

しかし「伝匠」は4人のメンバーが分業ではなく全工程に関わり、小規模なサイズのタンクでお酒を仕込むという。大手メーカーであれば量産品を造り、多く売るという方法が一般的だが、地方の蔵が仕込むようなスケールでお酒を大手メーカーが造ることは異例だそうだ。


月桂冠は醸造の過程で、小さな蔵で仕込む「伝匠」でも大きな蔵で醸造するエコノミータイプのお酒でも成分の分析を行っているが、どのジャンルの酒においても理化学的検査、微生物検査、官能検査を行い随時味を細かくチェックする。

まず地方の蔵が行わないような細かい味の検査を行い、良い酒を造るために、記録をしながらお酒を造る。一方で検査を行い数値化していくことも大切だが、職人としての”カン”も大切になってくるという。

「例えば成分分析などの理化学検査を行えば味という部分に関しては数値化ができます。しかし、いくら数値上正しいとしても造り手が新しい味を創り出したり、時代の流れを読んで味を決定したりする部分は感性が必要になってきます。数値だけでなくバランスを取るのは人間の仕事ですね」と高垣さんは語ってくれた。

まずは飲んでほしい!

日本酒は本来はワインよりもデリケートで、細心の注意を払い輸送しなければならないが、多くの日本酒は常温で輸送し、常温で保存を前提としてもおいしく飲めるように造られている。

「伝匠」はチルド輸送を行い、店頭や自宅用でも冷蔵庫に入れることを前提として造られた異例尽くしの日本酒。

オススメポイントを聞いてみると「搾った後のフルーティーさ、滑らかさを感じてほしいです。大吟醸であれば香りや甘みやキレ、純米であれば米の旨味や発酵の旨味を感じてほしいです。ま、そんなことよりお酒なんでまずは飲んでみてほしいです」とのことだった。

高垣さんの言葉を頂くと、解説するのも野暮に思えてしまうが、「伝匠」は企業であれば当たり前の「売り上げを作ること」と職人としては当たり前の「いいものを造ること」のバランスが高次元で融合したお酒に思えた。「月桂冠?スーパーに売っているお酒でしょ?」そんな考えを持っている人にこそ飲んでほしい。