『劇団42歳♂』の著者・田中兆子氏

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【著者に訊け】田中兆子氏/『劇団42歳♂』/双葉社/1400円+税

 20年前『劇団21歳♂』を名乗った仲間が久々に集結。ゴドーならぬ、ゴタナカをリアルに待ちながら、一夜限りの公演に向けてすったもんだを繰り広げる、中年男子の成長物語(?)である。

 劇団名は『劇団42歳♂』。オジサンになった5人組がシェイクスピア4大悲劇の1つ『オセロー』を演じるこの趣向は、地元名古屋で調剤薬局チェーンを展開する〈松井〉が、中堅俳優ゴタナカとしてブレイク中の〈後田中是良(うしろだなかこれよし)〉の人気をあてこんで発案・出資したものだった。

 しかし肝心のゴタナカはなかなか姿を見せず、県庁職員の僕〈佐藤〉や地元で売れない役者を続けるシミこと〈岩清水〉、輸入車販売会社勤務の〈小柳〉はやきもきするばかり。人間、42歳ともなれば公私共にいろいろあり、それでも幕は待ってくれないのである。

 著者・田中兆子氏自身、大の演劇ファンだという。

「私自身、お芝居の経験はないんですが、一時は戯曲教室に通ったりもしていて、その頃に垣間見た演劇人の会話力の高さが小説に使えそうだったんですね。

 ほら、男の人って自分のことをほとんど話したがらないでしょう? 女性同士は夫とのセックスレスでも何でも話すけれど、男性は『実は俺、EDでさ』なんて意地でも言わない(笑い)。その点、演劇人は議論好きですし、演劇論や役の解釈に絡めてどんどんホンネを語ってもらおうと思って。

 しかも執筆開始当時、イチロー選手とか木村拓哉さんが41、42歳だったんです。42といえば肉体的にも社会的にも現役の曲がり角ですし、成功した人もそうでない人も全員が1章ずつ主役になれる群像劇を書いてみようと思いました」

 名古屋市内の鳥料理屋に4人が集まったのは4月半ばのこと。元レポーターの若い妻をもつ松井は遅れて来るなり〈岩清水イジリ〉を始め、同じ未婚でも小柳はモテる未婚。元芝居仲間の妻〈衿子〉との間に2人の息子がいる僕は、職場の後輩〈真由〉と不倫中だ。

 だがこの日、松井が8月15日、愛知県芸術劇場を押さえたからゴタナカと久々に芝居をやる、と唐突に宣言。演目はシミが推す『オセロー』と決まり、松井が主役で、ゴタナカが妻デズデモーナ役。悪役イアーゴーをシミ、キャシオーを小柳が演じ、僕がエミリア役と脚本演出を兼ねる形で、早速稽古が始まった。

 が、ゴタナカは6月まで体が空かず、その間はシミが思いを寄せる劇団の先輩〈大曽根さん〉が代役を務めるが、彼女は何かにつけて男尊女卑的な松井と衝突。しかもシミより、〈婚活女子殺し〉の異名も取る美形の小柳に気がありそうだ。

 かたや、実は美人妻との夜の生活がうまくいっていない松井の現状が、愛妻デズデモーナの不倫を疑うオセローと重なるのも面白い。松井もオセローもかなり年下の妻を持ち、迫りくる老いに不安を感じている。そして松井は言う。

〈オセローは若くて美人の妻が好きで好きでしょうがないんだよ。だから嫉妬に目がくらんでしまった〉〈ここ見てくれよ。オセローが、デズデモーナを戦場に連れて行きたい理由を語る台詞〉〈『さかりのついた若い血はもう涸れ果てました』〉〈オセローは、実は、デズデモーナを満足させてなかったんじゃないのか〉

「『オセロー』を選んだのは話の構造が単純で5人でも演じられそうだったからで、実は私自身、『オセロー』がこんなに普遍的な話だとは、思ってもみなかったんです。

 例えば松井がEDである自分に重ねて「オセローED説」を唱えたり、ストーカーに襲われたことのある小柳が〈愛する人が自分から離れていく不安や恐怖〉をオセローも持っていると気づくのは私自身の発見でもあって、人によって何通りにも読み解けるのがシェイクスピアの懐の深さかもしれない。

 他にも、出世できなくてイアーゴーが忠誠心をこじらせたり、妻の言葉を聞こうともしない男たちがしっぺ返しを食ったり、本当に人間のやることって400年前も今も変わらないんです」

◆男同士の友情はホント、謎です

 ゴタナカを待ちながら、彼らは知多半島まで深夜のドライブに繰り出したり、イジられ役のシミもさすがにキレたり、いくつになっても男子は男子だった。

「社会的には役職につく人も出向する人もでてくる中で、惰性ではない形で付き合える相手を見つけ始めるのが40代かもしれない。ただ、女から見ると、なぜシミが松井たちと一緒にいられるのかよくわからないし、男同士の友情ってホント、謎です」

 が、今再びの青春を謳歌する間にも現実は進行し、実は器用に立ち回る佐藤こそ、女心が最もわからないゲス男だった。真由との関係に甘える佐藤は、〈私のことをどう思ってるんですか〉と聞かれても謝ってばかり。

 ひいては〈僕にしてほしいことがあれば、具体的に言ってくれないか〉と答えて読者をも呆れさせる。だが、そんな彼も夫イアーゴーを涙ながらに告発したエミリアの愛の深さに芝居を通じて気づき、衿子との関係を修復するまでには成長する。

「佐藤たちが言葉足らずな登場人物に自分を重ねて反省するように、言葉を尽くさない男も尽くし過ぎる女も、もう少し歩み寄れる部分はあるんじゃないかなって。

 一方で〈何でもかんでも打ち明けあうのが本当の友達〉だとは私も思わない。例えば一見爽やかな小柳に何か事情があるらしくても、俺は俺の知ってるあいつを信じられればそれでいいと腹を括れるのが大人の友情で、そう思う自分をもっと信じていいと思うんですね。

 確かに彼らは幼いし、とても大人とは言えないけれど、過渡期にあってあがいたり何かを学んだり、かと思うとまた昔に戻ったり、42歳だからこそのしょうもなさが、彼らの魅力でもある」

〈四十二歳って、思ったより大人じゃなかったな〉という小柳の呟きには〈まだ若いことに対する痛み〉がにじむ。それを〈まだまだこれからなんだよ〉と手前勝手に解釈する松井も、〈人格的な成熟と社会的な成功は正比例しないという当たり前の事実〉に直面する一人だった。

 人は若くても老いても悩み、ちょうどいい年齢などないからこそ、彼らは昔懐かしい友と今を生きる。読めば読むほど発見のある、いい小説である。

【プロフィール】たなか・ちょうこ/1964年富山県生まれ。大学卒業後、会社員を経て専業主婦。「営業を8年頑張ったので、そろそろいいかなと思って。それからは戯曲教室に通ったりして、40代から小説を書き始めました」。2011年、鬼神を写した能面・べし見に似た女性器を持つ40代女性の恐怖と混乱を描く「べしみ」で第10回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞、2014年同作所収の『甘いお菓子は食べません』でデビュー。150cm、AB型。

●構成/橋本紀子 ●撮影/三島正

※週刊ポスト2017年9月8日号