パパ活も愛人も、女を売ることに他ならない。楽して儲けようと思うな

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 皆さまこんにちは。東條才子と申します。金融OLをしながら、愛人業も営んでおり、常時5人の方とお付き合いしております。

 今回は、昨今流行りの「パパ活」と「愛人」の違いについて書かせていただこうと思います。よろしくお付き合いくださいませ。

 2015年頃からよく耳にするようになった「パパ活」。いわゆる「愛人関係」と似ていますが、どうもメディアを見ていますと「男性と食事するだけで1万円」というようなライトな関係を示唆することが多いようです。そのため、女子大生などがお小遣い欲しさにパパ活サイト(実質的な出会い系です)に登録するなどしているようですが、では愛人とどこが違うかといいますと、やはり「覚悟」と「意識の量」だと思います。

◆女優でもないのに食事だけで何万円ももらえるわけがない

 たとえば最近、話題になったドラマ「パパ活」の公式サイトを見ますと、「ぱぱ-かつ-【パパ活】カラダの関係なし。デートをするだけで金銭的支援をしてくれる男性との交際」とあります。なるほど、90年代に流行した「援助交際」と似たようなイメージでしょうか。当時は「おじさんとカラオケへ行くだけで○万円」というケースもあったようですが、軽い気持ちで参入し、性被害にあった女子高生もたくさんいたことでしょう。

 いつの世も、何かを犠牲にせずに多額のお金を稼ぐことなど、できないものです。昨今の「パパ活」市場に参入している男性も、ちょっと可愛い程度の女子大生に「食事だけで何万円もあげよう」という人はまずおりません。広瀬すずさんが相手ならそのくらい、いやそれ以上払う男性もいるでしょうが、パパ活をするのは普通の女子大生ですから、広瀬すずさんのような希少価値はありません。よって高値で自分を売るには限界があります。

 年上の男性方は食事だけどころか、大多数が「その先」を期待する下心をもっていますので、若い女性が「まさか」と思っていても、性暴力にあうリスクは高いものです。こうしたリスクを想起せず、「カンタンにお金を稼げる」と浮足立ってしまう女性は、意識の量が足りないと言わざるを得ません。

◆ラクしてお金をもらえると思ってるパパ活女子は意識が低い

 パパ活といっても、その内実は男性相手に「女」を売ることにほかならないのです。

 やっていることの延長線上には売春がありますから、多かれ少なかれ精神は摩耗します。自分の「女」に値段をつける寂しさ、男性からお金をもらうときの虚しさ、身の毛もよだつ性的侵入、すべてを受け入れて消化し、嫌なことがあっても前に進む精神の強さがなければ、パパ活をしてもメンタルヘルスを悪化させるだけではないでしょうか。経験の浅い女性ならなおさらです。

 社会的地位のある男性は、メンタルヘルスの管理に長けた方ばかりですから、「心を病んだ女の子は嫌だ、素直な女性がいい」と言います。生半可な気持ちでパパ活をはじめ、自分のやっていることをうまく引き受けられずに歪んでしまった若い女性は、そのうちパパ活おじさんたちからも見放されてしまうかもしれません。

 まあそのほうが、健全な生活に戻れるのでよかろうと私などは思っておりますが。

 さて「パパ活」には、「パパ活女子」というライトな呼称がつくようですが、愛人が「愛人女子」と呼ばれることはありません。参入女性の年齢層が高いことも関係しているでしょうが、愛人にはどこか暗さをもった、社会的にいけないことをしているという後ろめたさのもとに生きているという自覚と覚悟があるからではないでしょうか。

 その覚悟は、女を売りにする虚しさを受け入れたあとに、心の底から染み出してくる諦めのようなものです。私も愛人生活をさせていただくようになって、様々なことを諦めました。自分という存在を高値で売るには、意識の量を増やして自己を眺め、ある種の覚悟を決めなくてはなりません。お金を稼ぐというのは、そういうことではないでしょうか。「パパ活女子」よりいくらかは覚悟ができているとはいえ、私もまだまだですから、日々精進しているところです。

<文・東條才子>