―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

というのも、麻里は気づいてしまったのだ。

“女は30歳過ぎてからが魅力的?年齢を重ねるほど、色気が増す?”

そんなの、絶対にウソである。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。ヤバい元彼に3年間も費やした麻里は本気の婚活を決意し、優良物件の外銀男や広告マンとのデートを楽しむつもりが、うまく行かず...?




「ウチ、すぐそこなんだ。寄ってくだろ?」

和也が当然のように言ったとき、麻里はあまりの驚きに言葉を失った。

ハッキリ言って、二人の食事は全く盛り上がらなかった。

というのも、和也の態度はとにかく上から目線で、「麻里ちゃんみたいな子って、何人も男がいるんだろ」「週の半分以上は飲み会でしょ」などと、麻里を完全に軽い女扱いする発言ばかり繰り返したからだ。

それだけではない。和也はたしかにイケメン広告マンで家柄も良いのだろうが、とにかく自慢話が多かった。

姉の結婚相手がどこぞやの御曹司だの、式にどれほどのVIPが出席しただの、父親の友人は大手企業の重鎮ばかりだの、麻里にとっては全く興味のないお家自慢を散々聞かされたのだ。

そんな男の部屋に、どうして自分が連れ込まれる必要があるだろう。

「いや...明日も朝早いし、帰ります...」

ぐっと怒りを堪え、麻里は穏便に断る。しかし和也のKY発言は、まだ収まらなかった。

「いいじゃん。あ、もちろんタクシー代なら出すよ?」

完全にドン引きする麻里に気づく様子もなく、和也はなんと、ドヤ顔で腰に手を回してきたのだ。

ーブチンー

その瞬間、麻里にはとうとう我慢の限界が訪れてしまった。


二度と会いたくない男。しかし、世間は狭すぎる...?


「二度めまして」はツラいよ


「で、和也くんに怒鳴り散らしちゃったってわけ?」

共に婚活に励む親友のみゆきは、麻里の話をニヤニヤしながら聞いている。

笑いごとではないのに、デートの失敗談というのは、なぜかコミカルに響いてしまうから不思議だ。

二人は今夜も食事会に参加する予定で、その前の数十分の空き時間に、東京ミッドタウンの『DEAN & DELUCA』で近況報告をしていた。

「そうよ。あなたみたいなつまらない男の家にノコノコついていくワケないでしょって言ってやったわ」

麻里が言うと、みゆきはお腹を抱えてケラケラと笑い始めたので、つられて一緒に笑ってしまった。

しかしKY男の和也を小馬鹿にして鬱憤を発散しながら、その裏で、わずかに心がザワつくような感覚を無視できない。

まだ28歳。遊びに行けばどこでも主役扱いでチヤホヤされ、条件の良い男なら、そこら中にいくらでもいる。

恋人なんて、作りたければ選び放題。結婚なんて、しようと思えばいつでもできる。

そう信じているからこそ、少しくらい嫌な思いをしても、こうして笑っていられるのだ。

だが、自分たちは一体、いつまでこの姿勢を貫いていられるのだろうか。万一このまま歳をとり、若さという武器を失ったら...?

麻里は頭によぎる一抹の不安を振り払い、リップを丁寧に塗り直す。

和也の発言にはとにかく苛立ったが、「週の半分以上が飲み会」というのは、正直当たっていた。




「げっ...じょ、冗談でしょ...」

今夜は東京ミッドタウン内の『GRILL & WINE GENIE'S TOKYO』で、みゆきの会社の同僚から呼ばれた、いわば「アウェー」の食事会であるはずだった。

自分主催でない出会いの場は、新たな人脈が開拓される可能性が高い。そのため、麻里は普段よりもさらに臨戦態勢バッチリで試合に臨む。

しかし、店内に入ってソファ席に案内された途端、麻里はサッと全身の血の気が引くのを感じた。

「お前、本当に毎晩飲み歩いてるんだな」

麻里を当然のように「お前」呼ばわりしてきたのは、あの和也である。

「俺、一昨日この子とデートしたばっかり。先週も六本木の食事会で会ったんだよな。悪いなぁ、俺みたいなツマラナイ男に週に二度も付き合わせて」

彼は相変わらずの空気の読めなさで、言わなくてもいいことを平然と口にした。

「あ......お二人は顔見知りなの?世間は狭いね〜」

幹事のテレビ局勤めの男性(顔が麻里の少しタイプだった)が、その場の気まずい空気を払うように笑顔で取り持ってくれる。

麻里も必死に取り繕いながら愛想を振りまき食事会に臨んだが、他の男性陣の引き具合は、火を見るより明らかである。

さらに和也は、その後も麻里に突っかかる発言ばかり繰り返し、食事会を楽しむどころではなかった。

-この男、一昨日のことを根に持ってるんだわ...

「ねぇ麻里ちゃん、眉間にシワ寄ってるよ?そんなんじゃ、いくら毎晩頑張っても彼氏できないんじゃない?」

悔しいが、酔ってさらに饒舌になった和也からの攻撃をかわす術はなかった。

-この恨み、いつか晴らしてやる......

麻里はそう心に誓い、結局食事会を中座する羽目になった。


意気消沈した女。その隙を狙う男とは...?


弱った女心を攻める、元彼のプレゼント攻撃


-最っ低......。

麻里は敗北感を背負いながら、夜の六本木を一人トボトボと歩く。

和也の余計な発言によって神経はひどく消耗し、引き攣った作り笑いを崩さなかったおかげで、顔面も疲れている。

ヤケになりいつもよりワインも多く飲んでいたため、身体もフラフラと、微妙に千鳥足状態だ。

-私、一体なにしてるのかしら......。

年内に婚約すると決めてから、早数ヶ月。

出会いも誘いも星の数ほどあったが、「この人!」と思えるような男に巡り合う気配はない。

この若さと美貌さえあれば、高条件の結婚相手など、いくらでも見つかると思っていた。むしろ、何人もの男たちを品定めし、その中で一番良い男を選ぶつもりでいたのだ。

珍しく意気消沈していると、麻里はスマホの振動に気づく。相手は元彼のサトシだった。

「麻里ちゃん?やっと電話に出てくれた!!」

「サトシ...」

あれほど激しい喧嘩を繰り返し、憎み合って別れた男。にもかかわらず、彼の懐かしい声は、麻里の弱った心によく響いた。




「麻里ちゃん、まだ怒ってるの?ごめんよ、俺が悪かったよ」

もう38歳だというのに、久しぶりに会ったサトシは、媚びるような猫なで声で麻里をなだめる。

どうしても最後にもう一度話がしたいという彼の誘いに応じると、サトシは今年3月に西麻布にオープンしたばかりの話題のイタリアン『珀狼』をサクっと予約してくれた。

麻里がずっと気になっていたこの『珀狼』は、少量多皿のコーススタイルで、かつ艶っぽさと隠れ家感満載の、女心をたっぷりとくすぐってくれるレストランだ。

「別に、もういいわよ。私だって悪いところはあったし、終わった話なんだから...」

不愛想にサトシをあしらいながらも、麻里はペアリングの香り豊かなワインをうっとりと堪能する。

新規の男たちに比べて、元彼の気楽さと言ったら、まるでお正月の実家でダラダラと過ごすような怠惰感がある。

「だってさ、まさか麻里ちゃんが、そんなに本気で怒ると思わなかったんだ。ねぇ、これで丸く収めてくれない...?俺たち、今まで仲良くやってきたじゃん...」

サトシは瞳に怪しい光を宿し、上目遣いで麻里を見つめる。そしてゴソゴソと取り出したのは、なんとカルティエの袋だった。

「...なに、これ...?」

トクトクと、胸が静かに波打つ。

「...麻里ちゃん、コレ、欲しがってたでしょ?」

袋の中には立派な箱が入っており、その中には、文字盤をダイヤで縁取られたピンクゴールドのベニュワールの時計が、目が眩むような美しい輝きを放っていた。

▶NEXT:9月10日 日曜更新予定
財ある元彼のプレゼント攻撃。麻里は誘惑に負けてしまうのか...?