『セックス・イン・ザ・シー(講談社選書メチエ)』(マラー・J・ハート:著、桑田 健:訳/講談社)

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 書籍タイトルからわかるように、『セックス・イン・ザ・シー(講談社選書メチエ)』(マラー・J・ハート:著、桑田 健:訳/講談社)は海の生物たちのセックス・ライフについて書かれたものである。海中生物たちが自身の遺伝子を後世に残すためにどのようなセックスをしているのか、サンゴ礁の専門家のマラー・J・ハートが数多くの事例を綴った一冊となっている。冒頭の導入部分に「母なる大自然が子孫を残すための創造力を最も長く実践してきたのは、海の中だったのだ」とあるが、本書を読み進めていく毎にその一文を実感するだろう。

 比較的わかりやすい陸上の動物――もちろん人間を含む――の交尾を基準に捉えていると、想像だにし得ない“ドラマチックかつ多様なセックス”が海中には存在していることを改めて知ることになるはずだ。

■海の中での出会いとは

 海は地球の上で動物が生息可能な場所の約99%を占めている。そのスケールに比べると、海洋生物はたとえシロナガスクジラであっても本当にちっぽけな存在なのだ。その広大な海の中で生物のオスとメスが出会うため何をしているのか? というと、これが実に興味深い方法をとっている。

 ケンミジンコなどプランクトンであるカイアシ類の場合は、海水の温度や塩分の濃度を感知し、メスのフェロモンを頼りに集まって一種の社交場を作るという。ハタの一種であるナッソウグルーパーは、棲家であるサンゴ礁から150キロ以上離れた場所に移動し、年に一度、2、3日間だけ乱痴気騒ぎを行う。いわば、性の祭典を開催して乱交パーティーのごとくオスメスが戯れるのだという。カイアシ類もナッソウグルーパーも言ってみれば大規模婚活パーティーを催して出会いを求める種族だが、カイアシ類は落ち着いた雰囲気のバーで開催している様なイメージであるのに対し、ナッソウグルーパーはフェス会場のように思える。

■相手を落とすそれぞれのテクニック

 人間の恋愛と同じように、海中生物たちもたとえ相手と出会えたとしても、その後の関係を築くためにはさらに次なるステップが必要になる。どのように相手を落とすか……要はマッチングするために誘惑しなくてはならないのだ。そのテクニックは実に豊富。顔面放尿により官能を高め合うフェチ系なロブスターや、美しい持ち家を建築することで女性を誘うアマミホシゾラフグなど、好みの偏りを人間に置き換えて思わずクスリと笑ってしまう。

 中でも心惹かれたのは、“イクメン”がモテの条件であるタツノオトシゴだ。オスが妊娠して子どもを育てるタツノオトシゴは、相手候補のメスに対して受精卵を保管する育児嚢の大きさを見せびらかして「たくさんの子どもが産める」とアピールするのだ。これを人間に置き換えることは難しいが、言ってみれば睾丸のサイズを自慢するようなものだろうか……。

■当たり前に存在している海中の性転換

 人間の中にも、しばしば性別を変える者たちは存在する。だが、あくまでもそれは人工的な手術を要するもの。海中生物の中には、ごく自然に当たり前のように性転換する種族が多くいるというから驚きだ。映画『ファインディング・ニモ』で一躍人気者となったクマノミも性転換する生き物だ。棲家にしているイソギンチャクの中で、彼らは常に4〜6匹の仲間とともに過ごしているが、その中にメスは1匹だけ。そしてそのメスが死んだら、一番大きいオスがメスへと性転換するのだ! この事実をそのまま映画でも描いていたら、ニモの父もそのうち母になっていた可能性は高い。

 また、ソメワケベラはオス主体のハーレムで生活しているが、オスが死ぬかまたは2週間以上失踪すると、カースト最上位のメスがオスになり、そのハーレムを支配するようになる。つまりオスがハーレムを離れて長期間の一人旅に出てしまうと、帰ってきた時には寵愛していた妻がハーレムの王に君臨していることがあり得るのだ。人間で考えたら、男性にとってこんなに恐ろしい結末はないだろう。

■この海獣のセックスがすごい!

 さて、肝心かなめの性交そのものについてだが、本書を読む限りイルカほど凄まじい性ライフをおくる海獣はいないように思える。若いオスたちが種族の絆を強めるためにオス同士でセックスするわ、マウンティングのためにオスがオスを犯すこともあるわ。体位も垂直・水平と自由自在で、スローセックスを楽しむこともあれば激しくスピード感たっぷりに行われることもあるらしい。もしかしたらイルカは子孫繁栄のためというより、スポーツや娯楽、そしてコミュニケーションの構築などの感覚でセックスを捉えているのかもしれない。

 ちなみにクジラの場合はイルカほど多様性はないものの、性器の発達が凄まじいそうだ。複雑に発達したヴァギナで精子の優劣を振り分けて強い遺伝子を残せるよう妊娠している可能性があるとのこと。海獣たちのセックスは知れば知るほど、我々人間と同じ哺乳類同士であるがゆえの共感と、海の生き物ならではの驚嘆が混じり合って不思議な面白さがこみあげてくる。

 ここまで幾つか印象に残ったエピソードを取り上げてはみたが、本書にはこれ以上にインパクトのある事例がまだまだ書かれており、枚挙に暇がない。だが、それと同時に本書では、人間による乱獲や温暖化の影響などの視点もしっかりと取り上げられている。海中生物のセックスを知ることは、自然保護への第一歩であることも学ばせてくれる一冊なのである。

文=もちづき千代子