親子の絆の復活に中居正広も感動

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9月1日の「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」スペシャルでは、渡辺ヘルムートディレクターによる「ひとり農業」が放送。「絶対に日本最北限のコーヒー豆の栽培を成功させたい」と意気込みブラジルに渡った様子、そこで思いがけず人探しへとつながった出会いなどが映し出された。

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ひとり農業3388日目に32時間かけてコーヒーの世界一の生産量を誇るブラジルに向けて飛び立った渡辺。参考にできそうな栽培を行っている農家を訪れ、栽培方法などを教えてもらいまた、おいしいコーヒーをいれるための専門的なトレーニングを「カプリコルニオ コーヒーアカデミー」で受けた

なかでも日本から30年前に一念発起しブラジルに移住。一時は借金が1500万円になるなど多くの苦労をしながらコーヒー栽培を続け今では12万本のコーヒーを栽培、完全自家製のオリジナルコーヒー「suzuki」を製造している鈴木功さんの農園を訪れた。栽培法だけでなく、1つのことをやり遂げるための原動力を聞くと「死ぬまで勉強、努力、辛抱。情熱をもって自分の夢を実現しようとすれば開拓者、パイオニアになっていける」という精神力強さを伝授される。

また、60人近くの日系ブラジル人がいるサンパウロの郊外の老人ホームへ訪れたことで、92歳の樺山秋子さんと出会い、これをきっかけに人探しをすることに。

樺山さんには20年前に日本に出稼ぎに行った娘、現在66歳になる真澄さんがいるが2年前より、お正月や母の日など定期的にあった電話がプツリと無くなり、心配している。連絡が途切れてことが無かったため、連絡先を聞いていなかったという。

渡辺は自分ができるのはこれしかないとビデオレターの制作を提案。「きっとどっか元気でいてくれるはず。でももしかしたら亡くなっているのかもしれない」という言葉を泣きなが繰り返す樺山さんの姿に渡辺も涙しながら撮影を続けた。「日本で見つけられたら必ずこの映像をみせるから」と樺山さんに伝え、ブラジルを後にし日本へ帰国した。

帰国後すぐに、たまっていた農作業などを行い、真澄さんが三重県の四日市にいて船をつくる会社にいた、という少ない手がかりを元に消息を追う。四日市には船をつくる会社は1件、部品をつくる会社は2件しかない。難しいかと諦めかけながら最後に訪れた会社で真澄さんを発見する。

実は真澄さんには、母に連絡できない事情があった。それは乳がん。「もちろん今も通院していて。お母さんと連絡を取って、私は絶対こういうことを隠し切れないタイプなので、言ってしまったら、お母さんに迷惑が掛かると思って」と真澄さん。しかし「段々距離を置いてしまって、私の悪いところなんですけど……。でも私は1日たりとも母を忘れてことはありません。朝晩、お母さんの健康を祈って」と涙があふれだす。また、真澄さんもお母さんが高齢なことで、もし電話して亡くなっていたらと思うと「(最近は)怖くて電話できなかった」と話した。

渡辺がビデオレターを見せる。電話で話していたとはいえ、母の姿は20年ぶりの真澄さん。「ママ待ちよるのよ。元気でおってね」という樺山さんの言葉に涙が止まらない。また、渡辺が樺山さんから託された手編みの毛糸の靴下も渡すと「ありがとうございます」と涙で言葉にならなかった。

その後、時差を考慮して日本の夜8時、ブラジルでは朝食を食べ終わった頃に渡辺が真澄さんと共に樺山さんへ電話する。2年ぶりの親子の会話。「真澄?元気でよかった、よかった」と安堵の声で話すブラジルからの言葉が響いた。

スタジオでは大竹しのぶが「当り前じゃないですか。親子が話すってもし離れていても。1年半やってないっていう」と2人の心痛を思いやる。中居正広は「20年会ってないですから。でも連絡だけは途切れることなく。毎年毎年。お互い心配になりますよね」としみじみ話すと室井佑月 は「会いたい人がいるって(渡辺)ヘルムートに手紙を送ってくれたら探してくれるかも」というと、中居は「そう(渡辺)は、暇ではないと思うんだよね」と室井を諭し、スタジオの笑いを誘った。

次回は9月8日(金)夜8時57分から放送予定。