前世のことを覚えているという子供がいる。リインカーネーション、生まれ変わり。『永遠の1/2』から『鳩の撃退法』まで、一風変わった物語の名手、佐藤正午の新作『月の満ち欠け』(岩波書店)は、一人の女性が次々に生まれ変わってゆく不思議なラブストーリー。平凡なサラリーマンの家庭で、小学二年生の娘に、突然、奇妙なことが起る。

 七歳の子供が知っている筈のないデュポンのライターのことが分かる。生まれるはるか前のヒット曲を歌い出す。千葉県の市原市に住んでいるが、それまでなんの縁もない東京の高田馬場へ出かけてゆく。

 娘に何が起ったのか。父親は理解出来ない。娘は何事もなく成長してゆくが、高校卒業直後に、母親と車に乗っていて玉突き事故で死んでしまう。二人はなぜか、仙台へ出かけるところだった。

 一方、別の物語が語られる。哲彦という大学生が高田馬場のレンタルビデオ店でアルバイトをしている。雨の日、年上の美しい女性が現われる。二人は次第に惹かれ合う。人の妻らしい。

 はじめの小学二年生の名前は瑠璃。この年上の女性も瑠璃。彼女はやがて地下鉄の事故で死んでしまう。

 彼女は哲彦との会話のなかで、デュポンのライターの話をしたことがあった。さらにこんなこともいった。神様は、この世に誕生した男女に二種類の死に方を選ばせた。ひとつは普通の死に方。死んで子孫を残す。もうひとつは、月が満ちたり欠けたりするように、生と死を繰り返す。彼女は、自分は月のほうだ、死んだら「アキヒコくんの前に現れる」と語る。

 リインカーネーションものの多くはホラー小説になりがちだが、佐藤正午はむしろ、命のつながり、「命のリレー」の不思議さに惹きつけられている。瑠璃という少女が次々に現われる。まったく違う時、まったく違う場所に。その瑠璃は実は、ひとつにつながっていることが分かってくる。

 最後の四人目の瑠璃は船橋に住む小学二年生の女の子。朝から雨の降る日、彼女は京橋の高層ビルの会社に行く。そしてある社員に面会を求める。誰もまともに応対しない。しかし、ただ一人、彼女が誰か分かった者がいる。いまは総務部長になった「アキヒコくん」……。

 究極のラブストーリーになっている。

●文/川本三郎

※SAPIO2017年9月号