元AKB48で歌手の板野友美さんが、7年ぶりに3冊目の写真集「release」(講談社)を出版したことが、メディアやネットで話題になっています。AKB48を卒業して4年で現在26歳。7年ぶりということは、卒業後初の写真集です。ハワイロケで披露したビキニ姿からは、かわいさが先行したアイドル時代とは異なり、大人の色っぽさと魅力が伝わってきます。芸能生活新章の幕開けを期待させるに十分です。

必死でステージに立ったAKB48時代

 AKB48は、国民的アイドルグループといわれるほどブレークしました。芸能界を目指す、アイドルになりたい女の子たちにとって、AKB48に入ることは大きな夢であり、目標となりました。しかし、発足した当初のAKB48は当然、メジャーな存在ではありませんし、入ってくる女の子たちの目的も「AKB48に入りたい」というより芸能界に入りたい一心で、その入り口としてAKB48を目指したというニュアンスが強かったように思います。初期メンバーの板野さんも、そんな「夢見る女の子」の一人だったのです。

 2年ほど前、出演映画の関連で板野さんを取材した際、AKB48在籍時代の話を何でもざっくばらんに語ってくれました。アイドルになりたかったわけではなく、歌って踊れるアーティストになることが夢でAKB48に入ったと振り返っていました。初期のAKB48は、ファンがついた子から自分の好きなことでデビューできる、そんなショーケース的な面が大きかったとも。

 確かに、今でもそうした面はあると思いますが、当時はその部分がより強調されていたように記憶しています。秋葉原のAKB48劇場のステージに立つことで、そこにくるファンをはじめ、業界関係者の目にとまるようなパフォーマンスができるかどうか。存在感やポテンシャルを伝えることができるかどうか。板野さんもひたすら必死で、とにかくステージに立ち続けていたのでしょう。

 板野さんは当時、AKB48メンバーの中でも年少で中学校に通学し、1時間半かけて秋葉原に駆けつけて、帰宅するとろくに寝る間もなくまたレッスンへ行く、そんなタイトな日常を送っていたようです。自分で選んだ道とはいえ、つらかったことでしょう。

元AKB48の肩書きは「うれしい」

 秋葉原はその昔、電気街として全国に名をとどろかせていましたが、電気街の主役がパソコンになり、やがてゲームやアニメ、メイドカフェなどが進出し、AKB48劇場ができる頃には「オタクの街」となっていました(電気街だった昔から「オタクの街」ではあるのですが)。

 AKB48も、そんなオタクカルチャーの代名詞的存在の一つとなり、板野さんのように「歌って踊れるアーティストになりたい」、あるいは「女優になりたい」といった夢を持って入ってきた女の子にとっては、ちょっとつらい面も多かったのかもしれません。事実、板野さんも前述の取材時には、アイドル時代を振り返ってそのようなニュアンスの発言をしていた記憶があります。

 しかし、板野さんは8月27日に行われた写真集の記念イベントで報道陣に、「元AKB48」という肩書きについて、嫌だとは思わないし、うれしいと明言しました。卒業して4年、グループにいてはわからないさまざまなことを経験し、人間的にひと回りもふた回りも大きくなって、そして歩んできた道を振り返ったときに、AKB48にいたということの大きさを実感したのではないでしょうか。

 さて、大人の女性といえば気になるのは……。私が板野さんから話を聞いた2年前には、ドキドキする恋愛ではなく、落ち着いた恋愛をしたいと話していました。あまりいろいろな人と恋愛しないほうが、純粋な恋愛をしたまま結婚できるのかなとも。そして今回のイベントでも、まだ恋人はおらず、30代でできていればよい、運命があると思うので待ち続けると話していたようです。

 その前に、今はまだ仕事とのこと。やはり“芸能人”としての板野友美の、新たな章が幕を開けそうです。

(ライター、フォトグラファー 志和浩司)