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いま一番聞きたいあの人の言葉を心の奥底から引き出すインタビュー番組『ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜』。

9月2日(土)の同番組には、女優・南野陽子が登場。彼女と同い年のサッカー元日本代表の中山雅史が、“ナンノ”の愛称で親しまれ活躍してきた彼女の苦労から今後の展望まで、その知られざる半生に迫る。

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◆転機は高校1年生のとき

芸能事務所からスカウトされたのがきっかけだったという南野。しかし当時、アイドルになろうという思いは無かったそうだ。

それが、ひょんなことから周囲の誤解が重なり、芸能界を目指さざるを得なくなってしまった。

南野陽子誕生のきっかけとなった運命的な“誤解”のエピソードを語る。

 

◆友人・三浦知良の言葉が転機に

その後上京し、高校へ通いながらデビューを目指す南野は、放課後に自らテレビ局などに売り込みをするほど積極的な女子高校生だった。自身の代名詞「スケバン刑事供廚房膠蕕靴燭里癲▲謄譽啅匹杷笋蟾みをしたことが実を結んだからだという。

そして、18歳でデビューすると、オリコンシングルチャートで8作連続1位を記録。一躍トップアイドルに上りつめ、80年代のアイドル黄金期を支えた。

しかし、20代に入ると歌番組が減り、活躍の場も少なくなっていく。そんななか、さらなる苦悩が南野を襲う。事務所から独立し、多額の借金を抱えることになってしまったのだ。

「引退」の二文字が頭をよぎるなか、転機となったのが友人でもあったサッカー元日本代表の三浦知良の言葉だった。自分には無かった考え方にハッとさせられたという、その一言とは?