ドライブスルーと聞くと、ファストフード店を思い浮かべる人が多いと思います。これと同様に、車を降りることなく葬儀に参列できるドライブスルーのシステムが今年度中に誕生するというニュースが話題を集めています。

専用レーンを進むと、受付台があり、そこに設置されているタブレット端末に名前と住所を記帳しお香典を出します。焼香もできますが、抹香をつまんで香炉に入れるタイプのものではなく、設置されたボタンを押すと、葬儀場の祭壇の遺影下に置かれたランプに明かりがともり、焼香があったことを知らせるという仕組み。

超高齢社会の中で、亡くなる人が高齢であれば、参列する友人・知人も高齢者が多くなります。足腰の弱い人が受付や焼香の列に並ばなくても良く、時間がないけれど取り急ぎ焼香だけでもという方には良いシステムだと、長野県の葬儀場が導入を決定しました。一見、高齢者や障がい者にやさしいシステムのようなサービスですが、ここには「葬送」「福祉」という二つの観点が抜けているような気がしてなりません。

「葬送」の観点では、「ただ参列すればいいというわけではない」「自分が遺族だったら、あまり良い気はしないかも」と否定的な意見が多い中で、「焼香だけしてさっさと帰ってしまう人と実際なにもかわらない。別に良いのでは」という肯定派も少なからずいるようです。しかし、そもそもなぜ葬儀が行われるのかということを考えると、単なる遺体の処置ではなく、故人(御霊)をあの世へ送る儀式であり、縁のあった人たちとの別れの場であり、そういった葬送の意味を次世代へ伝える意味もありますから、ただ行って焼香すれば良いというわけではないはずです。それが商品そのものに価値があり、それを受け取ることを目的としているファストフードと大きな違いでしょう。

では「福祉」の観点から考えるとどうでしょう。

バリアフリーには、高齢者や障がい者などに対して、正しい知識と理解を持ち、不自由の有無にかかわらず誰もが地域の中で暮らせる社会を実現するための取り組みが求められています。ですから、ハード面を整備すれば良いというわけではありません。お参りがしやすい環境の配慮は必要ですが、便利にすることで、「体の不自由な方はどうぞドライブスルーをお使いください」と、参列を拒否してしまっては本末転倒です。現状のままでは、社会参加をシャットアウトするハードをわざわざ作ってしまっているような気がしてならないのです。

もし環境を整備するなら、バリアフリートイレを増やしたり、介助技術を学んだスタッフを増やすなど、「排除」ではなく「参加」できるように整備するべきなのではないでしょうか。もっとも、会場まで足を運ぶことができるなら、車から降りて参列し焼香することは、介助者がいればできるはずでしょうが。

AIやロボットがどんなに進化しても、機械は業務を人間に代わって行うだけです。便利な技術を活用しつつも、「葬送」の意味を考え、利用者本位の「福祉」と真摯に向き合っていけば、ドライブスルー葬儀場にも可能性があるはずです。

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