新天地で早くもその存在感を示した28歳の統率者。苦しみに満ちたキャリアだった分、ユース時代を過ごした思い出のクラブで素晴らしいシーズンを送ってほしいものである。 (C) Getty Images

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 なぜ彼は、いつでも笑顔でいられたのだろう。
 
 ホルガー・バドシュトゥバーは、ドイツ・サッカー界で最も同情される選手のひとりだった。
 

 2009年、当時、バイエルン監督だったルイス・ファン・ハールにトーマス・ミュラーとともにトップチームに引き上げられると、精度の高いキック能力とファウルをせずにクレバーにボールを奪い取る守備能力でレギュラーポジションを獲得した。
 
 そのポテンシャルの高さに惚れ込んだファン・ハールは、クラブでの活動を優先させるため、U-20ワールドカップ出場を辞退させるほどに寵愛していた。
 
 ドイツ代表歴は31試合。左足から繰り出される正確無比のパスは、攻撃バリエーションを求める代表でも欠かせない大きな武器だった。
 
 だが、12年12月1日のドルトムント戦で負ってしまった右膝の十字靭帯断裂が、彼のサッカーキャリアを大きく狂わせた。
 
 一刻も早い復帰を目指してリハビリに精を出すも術後の経過は良くなく、13年3月に2度目の手術。今度は順調に回復していたと思われていたが、同年5月、リハビリ中にまたしても十字靭帯断裂という悲劇に見舞われてしまう。
 
 その後も、左太もも前部腱断裂、足首の骨折と、重傷ばかりが彼を襲う。何度も崖っぷちに追い込まれた。
 
「なぜ、彼ほどの選手が……」
 
 サッカー選手としてだけではなく、人間としても素晴らしいバドシュトゥバーを、悲劇が襲い続ける。その運命の残酷さを誰もが悲しみ、恨んだ。もし彼が諦めたとしても、誰もがその決断を受け入れたことだろう。
 
 だが、バドシュトゥバーは笑顔を失わなかった。
 
「もちろん、今はすごくがっかりしている。それでも、僕はポジティブでいるし、完全に治して復帰する」
 
 離脱するたびに、彼はいつも力強くそう語った。ある時、代表監督のヨアヒム・レーブが「ホルガーは偉大な闘士の気持ちと、信じられないほどの気概を持っている」と称賛していたが、まさにその言葉通り、彼は何度でも復帰してきた。
 
 先週土曜日のマインツ戦、バドシュトゥバーはシュツットガルト移籍後初のスタメン出場を果たすと、5バックのセンターで全体の守備をすぐに統率。8度訪れた1対1の局面でも、全ての競り合いで勝利するなど、武藤嘉紀らマインツ攻撃陣を完全にシャットアウトした。
 
 守備だけではなく、攻撃でも魅せた。53分、同じく新加入の元ドイツ代表デニス・アオゴからのCKをダイビングヘッドでゴールに突き刺すと、これが決勝点となった。
 
 ゴール後、全ての感情が溢れ出し、あらゆる思いが咆哮となった。スタジアム中の観客が、ドイツ中の、いや世界中のサッカーファンが心からの拍手を送ったことだろう。
 
 ブンデスリーガ1部でのゴールは、実に2822日ぶり。『ビルト』紙は「感情を爆発させることができるのは素敵なことだね。チームにとっても、僕にとっても良かった」という、ゴールについての彼の心境を紹介していた。
 感動のカムバック――。
 
 だが彼にとって、ここがゴールではない。苦しい時間を乗り切るためには、その先に希望に満ちた将来があることが何よりも大切だ。だからバドシュトゥバーは、様々なオファーがあるなかから、シュツットガルトに賭けた。
 
「誰も自分の根っこを忘れたりはしないだろう。僕もそうだ。シュツットガルトは僕にとって特別な場所で、今でもそうなんだ」
 
 バイエルンで未来が見えなくなり、レンタル先のシャルケで居場所を見つけられなかった彼にとって、ユース時代に在籍していた古巣への思いと、今後、数年かけてブンデスリーガのトップ6を目指すというクラブとしてのビジョンが決定打となった。