【投資の真髄:トヨタ生産方式(4)】世界の宝、資金効率の要「工程結合」の実践

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 自動車産業に「工程結合」の考え方を持ち込んだのは、確かボルボが初めてであったと思う。ラインで工程間を流して、それぞれの工程担当の作業員が、組み立てを行う、見慣れた流れ作業である。しかし、ボルボはフレームを台車に乗せると、工程間を作業員が押しながら移動して、同じ作業員が違った作業をしていくようにしていた。これは、まだ工程間の工数の差がムダを起こすので、完全な形ではないが、工程ごとに専門の作業員がいるのではなく、組み立ての多くの作業を兼務しているところが、第1歩と言える。

【前回は】【投資の真髄:トヨタ生産方式(3)】組織運用「もっといいクルマをつくろうよ!」

 コピー機など比較的小さな製品の組み立て作業では、組み立て工程の初めから最後まで、同一の作業者が終わらせてしまうようになってきている。これだと作業工程間の工数の差がなくなり、中間在庫は発生しない。横に流していた作業を縦に流すようなもので、作業の柔軟性は飛躍的に高まる。つまり作業員が多数の機種の組み立てが出来るようになると、増産する機種を多くの人数に割り当て、減産する機種については人数を減らせば良くなる。

 トータルで仕事量が確保できれば、無駄がなくなるのだ。平準化によるコストダウンの基本だ。これがTNGAの狙うところで、将来のネットを通じた受注体制が進んだ時にも、対応しやすい体制だ。トヨタはIoTにも対応しようとしているのだ。

■工程結合の始まり

 「旋盤の1・2工程を連続で行おう」と考えたときが「工程間の仕掛在庫が多大の資金を寝かすことになる」と気付いた瞬間だった。まだトヨタの「看板方式」(生産方式)を知らないときだったが、同じ発想であったのだった。後にトヨタの「看板方式」も旋盤の2台持ちから始まったことを知った。

 ハブの旋盤1・2工程を連続して行うには、材料を1工程と2工程の間で反転して「チャッキング」する必要があった。さもないと少なくとも数百個を、1工程まとめて作業して保管し、この旋盤の段取りを2工程に変えて一時保管場所から旋盤の近くに仕掛在庫を運びなおして、作業にとり掛かるしかなかった。あるいは2台の旋盤を近くに配して、1・2工程を其々受け持たせて、連続して作業するのだが、工数の差があり、どうしても待ちの時間、あるいは中間在庫が必要となってしまう。その仕掛在庫は、製品の大きさから手元に置けるのは数十個が限界だった。そのためどうしても運搬管理などの作業と置き場所が出来てしまう。

 「1・2工程ともチャッキングできる段取りを作るしかない」となってしまったのだが。そうすれば、一度チャッキングから外した材料を、空中で反転させるだけで、2工程に掛かることが出来るか?だった。これは1つ50kgの中間在庫、少なくとも数百をなくし、保管場所、運搬管理など大きなムダを省くことに気付いた。「やるしかない」と決意したのだが、その連続チャッキングの出来る「チャック」は、自重で60kgを超えることになってしまっていた。

 仕方なくこの段取りは3分割にして扱うことにしたのだが、その分、段取り時間が1.5倍になってしまった。しかし、1・2工程を連続で行うため、実際の段取り回数は半減しており、2倍で同じ工数なので、1.5倍なら許せる範囲だった。しかし、問題は1工程と2工程で、コンピュータが認識する刃物の先の位置に、0.02の差が出てしまっていたことだった。

 工作機械メーカーの大熊鉄工の技術者もお手上げで、当時、コンピュータプログラムに精通していた私が出て、ベテラン旋盤手と若手の生産技術者とタッグを組んで、問題解決にあたることとなっていた。

 段取りを調整しては試作を繰り返すのだが、1製品を削り終わるのに、手動旋盤では1・2工程合わせて55分程度掛かる大物切削で、これまでの技術では、NC(コンピュータ制御)機械でも45分程度にするのが精いっぱいだった。そのため試作結果は1時間ほど経過しなければ判明しないことになり、時間がかかる作業となった。

 昼となく夜となく試作を繰り返す中で、冬の工場の中は、社員がいなくなると暖房を切るため0度以下に下がり、刃先の熱を取るために、大量の水を掛けるので、細かい霧のようになって着ているものまで濡らしていった。寒さに耐えるため、ワイシャツにネクタイの上から作業服を着て、セーターを加え、それでも我慢がならずに、通勤用のコートを着てしまい、油の混ざった水で使えないものにしてしまった。女房に怒られるのだが、そんなことを頓着している余裕はなく、失敗すれば納品が間に合わず、多額の設備投資資金で、経営が傾く状況の中で必死の作業だった。

■現場士気の方向性は「まじめで、思いやりのある」でなければならない

 結局、原因を突き止めることは出来なかったのだが、安定して0.02だけ差が出ることを確かめることが出来て、補正値を修正することで実用化が出来る見通しを持てたのだった。

 苦労はしたが、悪いことばかりではなかった。私が現場に出ていることで、ベテラン旋盤手は自分のメンツにかけて切削時間を短縮しようと努力し始めていた。「手動と違って作業者が離れられるので切削スピードを極限まで上げましょう」と言い出したのだ。確かに自動機のメリットとしてはキリコの飛散などの危険を避けられるのだが、それにしてもチャックと合わせて120kg以上のものが、周囲に風を巻き起こしながら、うなりを上げて回るさまは、工場全体に響き渡り、50mほども離れた作業者までが振り向くほどだった。

 「もっと耐熱性のあるバイトがほしい」と旋盤手の方から提案が出るようになり、当時まだ珍しかったセラミックバイトを取り寄せて、テストするようになっていた。最期は「耐衝撃性」の問題から「コーティングチップ」に落ち着いたが、そのチャレンジ精神は全社員に大きな影響を与えることとなった。

 最終的に従来55分ほどかかっていた切削時間を23分まで縮め、安全性と不良率を実用範囲まで下げることが出来たのだった。何よりも、中間在庫をなくすことが出来たメリットは、はかりしれず、作業全体が良い流れになったことを実感できたのだった。それからすべての工程を見直す作業が始まった。

 後年、そのベテラン旋盤手と別れるときは、互いに涙をぬぐうのも忘れて手を握り合ったものだった。

【投資の真髄:トヨタ生産方式(5)】コマツ製作所方式との差 につづく