平安貴族のお給料はいくらだった?

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平安時代はなんとなく雅びで和やかでそれでいて華やかな時代だったのでは? と想像が広がるが、意外と厳しい世界だったのかもしれない。「教えて!goo」でも「平安貴族のお仕事、実はかなりブラックな労働環境だった?」という記事を配信した。予想以上にブラックな労働環境に驚いたが、それでは平安貴族のお給料はどのくらいだったのだろうか。歴史研究者である総合研究大学院大学・国文学研究資料館 准教授 西村慎太郎先生に聞いた。

■平安貴族のお給料は「封戸(ふこ)制」で現物支給だった

西村先生によると、「平安貴族のお給料は、『食封(じきふ)』と言い、古代の法律である律令に定められていました。その貴族の位階と官職によって与えられる家数が封戸(ふこ)と称されて、決まっていたのです。職封と呼ばれる官職に準じてもらえる封戸は太政大臣が3000戸、左右大臣が2000戸、大納言が800戸、位階に準じて出される位封も、一位は500〜600戸、二位は300〜350戸と律令で規定されています。位に準じてもらえるお給料も三位以上が位封、三位以下は位禄(布などの現物)として支給されていました」(西村先生)

平安貴族のお給料が法律で決まっていたとは知らなかった。だいたいいくらくらいもらえる計算になるのだろうか。

「実は平安時代はまだ貨幣経済が未発達ですから、お給料は現物支給です。平安貴族はこの封戸から、田から米を徴収する田租(でんそ)の半分と、布や特産品を徴収する庸調(ようちょう)を全て自分の収入とすることができました。お米や、布、その土地の特産品などを現物でもらっていたのです」(西村先生)

まさかお給料が、現物支給だったとは……。また西村先生によると、平安京に住む大貴族は封戸の他に自分の私有地開発にも熱心だったようだ、11世紀(平安中期以降)になると封戸の制度は衰退し、貴族の私有地である荘園からの収入が主な収入源に切り替わるそうだ。

■平安貴族の資産トップクラスは、フォーブス級? 使い方は…?

平安貴族の資産はどのくらいだったのだろう。

「そうですね、現在の貨幣価値に置き換えるのが難しいのですが、例えば藤原道長などトップクラスの平安貴族になりますと現在だとフォーブスの長者番付にランクインするくらいの資産があったかもしれません。現在一位のビルゲイツでおよそ10兆円と聞いています。おそらくそれに近いくらいの資産を保有していたのではないでしょうか」(西村先生)

トップクラスの平安貴族の資産は桁が違ったようだ。そんな膨大な資産は何に使っていたのだろうか。

「普段の衣食住のほか、自分や家族の家臣またその使用人へのお給料に使っていたと考えられます。また当時は儀礼や信仰を重んじますから、儀礼へ使う他、大規模な使い方だと旅行とお寺の建立などでしょうか。旅行も家族でこじんまりではなく家族からその家臣使用人まで一緒に行列を使っての大移動で、ご利益がある寺社にお参りをしたりします。また、お寺も建立していたようです。お寺も最新の建築、工芸技術を集めて作ったのですから現在だと億、兆単位でお金を使ったと考えられます」(西村先生)

平安貴族の金の使い道も現代では考えられないほど豪華だったようだ。平安貴族のお給料は現物支給と聞いて驚いたが、桁違いのスケールだったのかもしれない。

●専門家プロフィール:西村 慎太郎
総合研究大学院大学・国文学研究資料館 准教授。NPO法人歴史資料継承機構代表理事。専門は、日本近世史。朝廷に仕えた地下官人についての研究。また近世の公家家職、内侍所についての研究。近年では地域にのこる歴史資料の保全から地域貢献のあり方を考えている。

教えて!goo スタッフ(Oshiete Staff)