綾瀬の「イケメンが集まる」をコンセプトにしたロケ地MAP。2017年1月には第2弾も作成された(写真:神奈川県綾瀬市提供)

「東京メトロ千代田線綾瀬行き」。東京に住んでいる人なら一度は「綾瀬」という名前を聞いたことがあるでしょう。しかし、ここでの主役は、いわゆる「じゃないほうの綾瀬」。「地元は綾瀬だよ」と言ったとき、「ああ、足立区の綾瀬ね」と間違われて苦い思いをしてきた人々のサクセスストーリーを紹介します。

彼らの住む町は、神奈川県綾瀬市。横浜市の西、藤沢市の北に位置し、人口は約8万4000人。鉄道の発達した関東では珍しく「鉄道の駅がゼロ」で、公共交通機関はバスのみ。周囲の市町村から「観光スポットも名産品もない」と軽く見られがちな町でした。

ところが、2014年からのわずか3年弱で、綾瀬は鮮やかな変ぼうを遂げました。今や神奈川県内のみならず、全国の市町村から羨望のまなざしを向けられる存在となったのです。

官民一体の町おこしがスタート

綾瀬の人々は、日ごろ「もっと地元を活性化させたい」「子どもたちが誇りを持てる町にしたい」という思いを抱いていました。そんな思いを知る市役所職員が相談したのは、前回のコラム「『あまちゃん』ロケ地観光のいまだ根強い人気」(8月23日配信)でも紹介した東京・虎ノ門の『地域活性プランニング』。全国各地の地域活性化を手がけるプロ集団です。

ロケの立ち会いからグルメ研究開発まで、大活躍のブタロケ隊(写真:神奈川県綾瀬市提供)

観光目的のない綾瀬にとって、どんなことが地域活性化につながるのか。その答えは、「テレビ番組や映画のロケを誘致すること」でした。このプランなら「タレントやスタッフが住む東京から距離が近いうえに、落ち着いた環境で撮影できる」という立地を生かしつつ、「ファンを観光客として集められる」という明るい未来が描けたのです。

綾瀬市と住民組織・あやせブタッコリ〜ロケ隊(通称・ブタロケ隊)がタッグを組んだ「綾瀬ロケーションサービス」が設立されたのは、2014年4月。すぐに撮影スタッフを誘致するための体制づくりが行われました。問い合わせの窓口を市役所に一本化し、公共施設や民間施設などのロケ地登録、エキストラの準備など、官民一体となって撮影のサポート体制を整えていったのです。

そのうえで、地域活性プランニングが発行・運営する、ロケ情報誌『ロケーションジャパン』と映像制作者に向けたロケ地検索サイト『ロケなび!』に、「綾瀬ロケーションサービス」が立ち上がったことを掲載しました。さて、どれだけ反応があったのでしょうか……。

『ロケなび!』斎藤靖子編集長いわく、「最初の10カ月で171件もの問い合わせがあった」そうです。

関ジャニ∞や嵐がロケに来た

ロケ誘致の第1弾となったのは、関ジャニ∞主演映画『エイトレンジャー2』。さらに、嵐主演映画『ピカ☆★☆ンチ LIFE IS HARD たぶんHAPPY』、草磲剛さん主演ドラマ『銭の戦争』(フジテレビ系)など、多くのファンを持つジャニーズ事務所の俳優たちが綾瀬を訪れました。

突然訪れた夢のような状況に綾瀬の人々は驚きましたが、決して「運が良かった」からというだけではありません。ロケハンやロケの立ち会いなど撮影に関することはもちろん、エキストラやロケ弁の手配などの細部にわたるフォローを町ぐるみで行っていたのです。

このロケットスタートによって、綾瀬の人々に「イケる」「チャンスだ」というポジティブなムードが生まれました。ロケ誘致、ロケのサポートに続く、第3のステップは、「観光客に効率よくロケ地めぐりをしてもらう」ためのロケ地MAP作り。しかし、すでにロケ地MAPは全国各地で作られていただけに、「綾瀬ならでは」のオリジナリティが求められていました。

そこで浮上したのが、「イケメンが集まる町」というコンセプト。ジャニーズ俳優のあとも、綾野剛さん主演ドラマ『コウノドリ』(TBS系)、EXILEメンバー総出演ドラマ『HiGH&LOW-THE STORY OF SWORD-』(日本テレビ系)、小泉孝太郎さん主演ドラマ『保身』(テレビ東京系)などのロケが行われていたため、“イケメン”のフレーズがバシッとハマったのです。

2016年1月に作られたロケ地MAPには、噂を聞きつけた遠方のファンからも問い合わせが殺到する人気ぶり。アッという間に1万部が配布終了になったそうです。ちなみに、「イケメンのいる町」ではなく、あくまで「イケメンが集まる町」とのこと。自虐ネタとして笑いを誘えるところも含めて、このコンセプトは綾瀬の人々に受け入れられました。

厚木基地の米海軍もロケに協力

ブタロケ隊が3年かけて開発。現在は8店舗で販売される地元名物になった(写真:神奈川県綾瀬市提供)

見逃せないのは、住民組織・ブタロケ隊の“食”分野における活躍。彼らはロケ弁の手配や炊き出しを行うだけでなく、新名物・あやせとんすきメンチを開発して撮影現場に差し入れをしていたのです。地元特産の高座豚と郷土料理・豚すきを生かした新名物は、ロケ地めぐりの観光客にも好評で、2016年4月の発売から約4カ月で1万個を販売するヒット商品になりました。

2017年2月には、綾瀬のロケ地観光がさらに前進。『コウノドリ』、『グ・ラ・メ!』(テレビ朝日系)、『エイトレンジャー2』などのロケで使用された場所をガイドつきでめぐる「ロケ地ツアー in綾瀬市役所」が開催されました。参加費は、俳優やスタッフが食べたロケ弁とあやせとんすきメンチ付きで1000円。ロケの裏話などを聞いたり、『コウノドリ』で綾野剛さんと小栗旬さんが座ったベンチで写真を撮ったり、ファンにはたまらないツアーになりました。

綾瀬のロケ地は増える一方であり、ツアーの第2弾も企画されているという(写真:神奈川県綾瀬市提供)

全国を見渡せばロケ誘致に前向きな市町村は多いものの、綾瀬の団結力は一歩先を行っています。たとえば、GLAYのミュージックビデオ『HEROES』の撮影は、地元の工場、オフィス、個人宅などがロケ地として使用され、「オール綾瀬ロケ」で行われました。

約300人もの市民エキストラが登録されていることも含め、官民一体となって受け入れ態勢を整えているため、撮影スタッフのあらゆる要望に応えられるのです。なかでも特筆すべきは、厚木基地の存在。「すでに米海軍がエキストラとして撮影協力している」そうですから驚かされます。

こうして綾瀬は、わずか2年半で80作ものロケ誘致に成功し、観光客を増やしました。このサクセスストーリーが成し遂げられた理由は、第一に「窓口を市役所で一本化した官民一体の受け入れ態勢を作った」こと。第二に「駅や観光スポットがなくても、日常風景の撮影に使える公共施設、住宅、商店、畑などがそろっている」こと。第三に「撮影スタッフと観光客へのホスピタリティがすばらしかった」こと。第四に「撮影時に写真を撮らない。むやみにサインを求めないなど、住民マナーがいい」ことが挙げられます。つまり、「撮影スタッフにとって最高の環境を作り上げていた」からに他なりません。

これまで市町村のロケ誘致は、「撮影のサポートをしたらそれで終わり」という焼畑農業のような形が大半を占めていました。その点、綾瀬のロケ誘致は、地元に観光資源を作り、継続的に商工業者が潤い、住民の活気を生み出す。意義深い町おこしと言えるのではないでしょうか。

“鉄道BIG4”のロケ誘致に成功

海岸線を走る列車として鉄道ファンにも人気(写真:伊豆急行提供)

もう1つ、みなさんに紹介しておきたいのが、「ローカル線発」の町おこし。ときどきローカル線の経営難や廃線などのニュースを目にするように、「いかにして観光客を増やすか」は、彼らの大きな課題となっています。

それは伊東、熱川、下田などの温泉地を抱える伊豆急にしても、他人事ではありません。伊豆急行線は、伊東〜伊豆急下田間の45.7kmを結ぶ観光列車として1961年に開業しましたが、関東近郊の温泉地には熱海、修善寺、箱根、湯河原、鬼怒川、那須、伊香保、草津、蓼科などライバルが多く、乗客数アップは課題の一つとなっていました。

2012年8月、伊豆急グループは、鉄道、ホテル、ロープウェイなどのロケ活用を促進するために「伊豆急ロケーションサービス」を立ち上げました。もともと風光明媚で歴史情緒漂う東伊豆は、ドラマや映画のロケ地として活用されることがありましたが、「ロケに協力することで鉄道のイメージアップにつながれば」というスタンスにとどまっていました。それだけに撮影スタッフから連絡がなければ、「いつ放送されたのかすらわからない」ことも多かったそうです。

しかし、伊豆急ロケーションサービスの設立で、「積極的にロケを誘致して、乗客数アップにつなげよう」という前向きなスタンスにシフトチェンジ。メンバーは前述した地域活性のプロ集団『地域活性プランニング』に相談して、各施設のロケ受け入れ窓口を一本化したほか、要望を受け入れるヒアリングシートや利用規則を整備するなど、受け入れ態勢を整えていきました。

すると、すぐに小栗旬さん主演ドラマ『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)、福山雅治さん主演映画『真夏の方程式』、内野聖陽さん主演ドラマ『とんび』(TBS系)のロケが行われるなど、受け入れ件数はわずか1年で約2倍に増えたそうです。

なかでも象徴的だったのは、バラエティ番組『笑神様は突然に…』(日本テレビ系)のロケ。鉄道マニアのタレント“鉄道BIG4”が伊豆急の列車に乗って下田や稲取へ行き、さらに同社の永瀬社長(当時)が出演して車両基地を案内するシーンなどが放送されました。

タレントたちからの絶賛も含め、まるでプロモーションビデオのような映像が金曜の19時から全国放送されたのですから、その宣伝効果は絶大。また、社長自ら出演することで、「会社ぐるみでロケを誘致していくんだ」という全社員へのメッセージとしての役割も果たしていました。

『孤独のグルメ』で紹介された“わさび丼”

若者から重鎮まで地元住民が団結して結成された「泣かせ隊」のみなさん(写真:ロケ―ションジャパン編集部提供)

さらに伊豆急ロケーションサービスは、「鉄道だけでなく、沿線の町を含めてロケ誘致したい」という希望を抱いていました。手配・撮影のしやすさと地域活性化、両者のメリットを考えても、鉄道と町のダブルロケ誘致は、すばらしいプランに違いありません。そんな伊豆急サイドの提案に、河津の人々が前向きな反応を示しました。

最初の問題は、「伊豆急サイドと、役場や住人サイドとの調整がうまくできるか」ということ。そこで「まず伊豆急はロケと情報発信、河津の人々は名物グルメの開発」と役割分担を決めて、ロケ誘致を進めることになりました。

ロケ受け入れ地の選定などは順調に進んでいた半面、難航したのはグルメ開発。さまざまな候補が挙がる中、住民間の意見が分かれてメニューが決まらなかったのです。一方、東京では、ロケ情報誌『ロケーションジャパン』山田実希編集長のもとに、グルメドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京系)のスタッフから問い合わせが入っていました。

多彩なわさび料理が食べられるほか、夏季限定の「泣き氷」なども人気(写真:ロケ―ションジャパン編集部提供)

同作には、主人公の井之頭五郎(松重豊)が遠方へ足を延ばす出張編があり、スタッフが「出張編に合う面白い町はないか」と行き先を考えていました。そこで山田さんが河津を提案したところ、ロケが決定。実際に松重豊さんが河津に来て、わさび丼を食べたことで、地元の人々は「外の人から見たらこれが一番なんだ」という意見でまとまったそうです。

当時、わさび丼を提供しているのは2店だけでしたが、地元名物となったことで15店に増え、わさびを使った7種類もの新商品も開発されました。そして、河津の人々がすばらしいのは、このあとの行動力。

本わさびを自らすりおろして食べるぜいたくな逸品(写真:ロケ―ションジャパン編集部提供)

ご当地グルメが買えるウェブサイト『LJマルシェ』木庭清美マネージャーは、「商工会のメンバーが出資して『株式会社 泣かせ隊』を設立しました。現在も地元で、わさびメニューをそろえた『泣かせ隊食堂』を経営しています」。2012年に始まった3年間のロケ誘致プロジェクト終了後も、地元住民たちが活動を進化させているのです。

河津といえば、2〜3月に咲く河津桜が有名ですが、ロケ地めぐりとグルメで、それ以外の季節も魅力があることをアピールできるようになりました。「地元住民の努力と自立が生んだ見事な町おこし」と言えるのではないでしょうか。

鉄道に関するロケは許可が下りにくい

話を鉄道会社の伊豆急に戻すと、積極的なロケ誘致をはじめてから、2012年―55件、2013年―71件、2014年―74件、2015年―82件、2016年―81件と、コンスタントな実績を残し、乗客数アップにつなげてきました。

ロケの内容も、以前はプロモーションビデオや写真集などのイメージカットが多かったものの、2012年以降は、映画、ドラマ、バラエティ、情報番組、CMからの問い合わせがバランスよく入るようになりました。なかでも増えているのは、バラエティと情報番組。いずれもタレントが旅を楽しむタイプの番組だけに、視聴者に観光を直接訴求できる理想的なロケ誘致と言えるでしょう。

もう1点、忘れてはいけないのは、鉄道に関わるロケの難しさ。一般的にはあまり知られていませんが、撮影スタッフたちは「駅や車内などのロケをしたくても、なかなか許可が下りない」という悩みを抱えています。

もともと「事故や遅延などを避けるためにロケを許可しない」という鉄道会社が大半であり、「申請したけど、待たされたあげく社内の反対で断られた」という撮影スタッフも少なくありません。いずれも乗客の安全やダイヤの乱れを避けるための判断であり、当然のことなのですが、観光客収入の重要なローカル線は、はたしてそのような正論だけで運営していけるのでしょうか。

現状、快く撮影スタッフを受け入れる鉄道会社が少ないだけに、彼らにとって伊豆急は貴重な存在。また、見落としがちですが、「撮影スタッフやキャストの運賃収入が得られる」というメリットもあります。現在は伊豆急が先んじていますが、今後は成功例を知った各地のローカル線がロケ誘致に乗り出すのではないでしょうか。

とはいえ、伊豆急も発展途上。河津だけでなく、伊東、伊豆高原、熱川、稲取、河津、下田など、沿線の各駅をロケ地観光による町おこしに導けば、観光客の数だけでなく滞在時間も増え、東伊豆全体が活気であふれるでしょう。

ローコストで小さな自治体も挑戦できる

ここで紹介したロケ地を観光に活用するプロジェクトは、「ロケツーリズム」と呼ばれ、観光庁の政策として行われています。

これまでは各地のフィルムコミッションがロケ誘致をするだけで観光資源化はされず、言わば“フロー”の仕事に過ぎませんでした。しかし、ロケツーリズムを進めることで、地元に観光資源が増え、しかも“ストック”することで継続的な活性化につながるのです。

現段階では、ほとんどの市町村が、「ロケ誘致のノウハウがない」「ロケ誘致はできたけど、それを観光に生かせない」「ロケ地めぐりの観光客が来たけど、一時的なもので終わってしまった」という状態に過ぎず、成功例は限られています。

しかし、ロケツーリズムは、現状の建物や自然、住民や物産などを生かすローコストのプロジェクトであり、地元住民、撮影スタッフ、作品ファンの3者がメリットを享受できるすばらしいものだけに、今後も大小を問わず多くの市町村が挑戦するのではないでしょうか。