【書評】『スタートアップ・バブル 愚かな投資家と幼稚な起業家』/ダン・ライオンズ・著 長澤あかね・訳/講談社/1800円+税

【評者】森永卓郎(経済アナリスト)

 衝撃的な面白さと絶望的な深刻さを兼ね備えたノンフィクションだ。著者は、ニューズウィークをリストラされた技術系記者。生活のために、新興IT企業のハブスポット社に再就職する。

 ところがこの会社が、とんでもない代物だった。大学を出たての若者が、カジュアルな服装で集い、自社内しか通用しない符牒で会話する。彼らは、素晴らしい会社で働ける選ばれた人間だと教育される。

 社内にはキャンディ・ウォールという無料の菓子と飲物が供与される場所が設置され、莫大な経費をかけた社内イベントでは、社員は大いに羽目を外す。だから、社員は、会社も自分も最高だと信じている。しかし、彼らに高い報酬が支払われるわけではなく、厳しいノルマの下で、働かされる。そして、ノルマが達成できなければ、会社から「卒業」させられるのだ。

 おかしな点はまだある。ハブスポット社の主力製品は、見込み顧客に適切な勧誘メールを出して、効率的に集客するための情報システムなのだが、そのシステムを売るための営業攻勢を若手社員が電話でしているのだ。

 ハブスポット社は大きな赤字を抱えたまま、上場を果たす。株式市場は、利益よりも成長を重視して株価を決定するからだ。ただ、株式公開で得られる利益の大部分は、創業者と短期取引の投資家に転がり込み、厳しい労働を重ねてきた従業員には、ほとんど還元されない。

 読者の関心は、ハブスポットの異様な企業文化に集まるかもしれない。しかし、例えば、ディズニーの社員も、符牒を使い、社員イベントで盛り上がり、自分たちを魔法の王国のキャストだと信じている。問題は、創業者たちが上場益だけに関心を払い、従業員や消費者をないがしろにするところだ。

 同じようなことは、世界中で、もちろん日本企業でも行われている。私は以前から不快感を持っていたが、これまで詳細にその手口が語られることはなかった。その意味で、株式上場の闇の部分に光をあてた本書は貴重な存在だ。

※週刊ポスト2017年9月8日号