『食は「県民性」では語れない(角川新書)』(野瀬泰申/KADOKAWA)

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 日本人だけではなく海外の人をも魅了し、ユネスコの無形文化遺産にも登録された和食。日本の食文化は、他の国と比較しても、とても豊かなものだと思う。しかし、普段から何気なくとっている食事について、どのように発展してきたのか、発祥の地はどこなのかなど、知らないことの方が多くはないだろうか?

 そんな疑問に答えてくれるのが『食は「県民性」では語れない(角川新書)』(野瀬泰申/KADOKAWA)だ。著者の野瀬泰申氏は、日本経済新聞社の社会部で記者をしていた時に、大阪で天ぷらにソースをかけて食べているのを見たことが印象に残り、後に地域による食文化の違いを取材するようになった。

■食文化の境界線は?

 食文化の境界線を探す旅をするようになった著者は、あることに気づく。境界線が、幕藩体制時代の国境に重なることがあるのだ。例えば、山形県の「芋煮」。牛肉・醤油味と豚肉・味噌味に大別できるそうなのだが、その分布が旧山形藩、米沢藩、庄内藩の国境とほぼ同じだという。

 山や川に隔てられた境界線も多く、サンマー麺(神奈川県のご当地ラーメンで、麺の上に肉や野菜のあんかけをのせたもの)の伝播は富士川で途絶したと考えられる。

■お好み焼き発祥の地は大阪でも広島でもない?

 関東出身である筆者にとって、お好み焼きといえば大阪か広島だ。旅行で訪れた際にも、お好み焼きを出すお店がたくさんあったのを覚えている。しかし本書によると、大阪も広島も、お好み焼きの発祥の地ではない。では、どこかというと、東京らしい。昭和14年(1939年)に発表された小説に、お好み焼きの最初の形態がわかる描写があり、モデルとなったお店が「風流お好み焼き 染太郎」(今もあるお店)。混ぜ焼きではなく重ね焼きで、基本は重ねて折りたたむとか、重ねて裏返すタイプの調理法だったそうだ。

 広島は重ね焼きだが、大阪は混ぜ焼き。しかし、本書に協力してくれた大阪出身者で、子どもの頃には広島のように重ねて焼いていたと証言してくれた人がいた。ということで、東京のお店からお好み焼きが広まっていったと考えられる。

■「胡椒をください」で唐辛子が出てくる?

 うどん屋で胡椒を頼んだことはあるだろうか? 卓上には、唐辛子が置いてあるお店がほとんどだ。しかし、九州のお店で「胡椒をください」と言うと、高い確率で唐辛子が出てくるらしい。もちろん、「唐辛子をください」と言っても唐辛子が出てくる。ただ、ラーメン屋などであれば、胡椒=ペッパーと解釈され、唐辛子が出てくることはあまりないようだ。

 実は日本では、かつて唐辛子を「南蛮胡椒」と呼んでいた。それを江戸で「唐辛子」と呼び始めて地方に伝わったが、九州では古い呼び方が残ったと著者は分析している。ちなみに、北海道や東北では、唐辛子を「南蛮」と呼ぶ。実際に、筆者の知人の親類が北海道に住んでおり、唐辛子のことを「南蛮」と呼んでいたとのこと。これも、古い呼び方の名残のようだ。

 2002年から食べ物に関する取材・執筆を行ってきた著者が、記者ならではの取材や歴史背景の調査により、興味深く説得力のある分析を行っている本書。最終章では、「雑煮」の検証をすべく、47都道府県それぞれの特徴を詳細にわたって述べている。同じ日本でも、場所が変われば味付けも具も、さらには呼称までもが変わるのだ。紹介されているのは、日ごろから口にするような身近な食材・メニューばかり。食欲の秋にはまだ少し早いが、これを機に、和食の奥深さをさらに探求してみては?

文=松澤友子