この夏、皆さんはどのように過ごされましたか?

 私は、デスクワークの多い夏となり、8月は下旬までほとんど東京を離れることができませんでした。

 思い返せば長い1か月でした。少なくとも私にとっては。

 ビットコインの「フォーク」分裂があったのが8月1日の夜、28日にこの原稿を書いていますから、たった4週間前ですが、何か大昔のような気がしています。

 デジタル経済はきわめて急速に回転しています。急速な回転とは1日1日に多くの出来事があるわけで、主観的には1か月が大変長く感じられる。

 「子供の頃、1年があんなに長かったのに、大人になると幾星霜があっという間」などと言います。これは新しい展開、心が動く頻度と関係しているような気もします。

 デジタル経済周りのトピックスと言えば、8月半ばにはValuの詐欺騒動というものがありました。

 詳細はまた別の機会に譲りますが、善し悪しを含め、デジタル化状況、ネットの世界、仮想環境では、リアルならしない、できないことが、形を変えてまかり通ることがあり、それで停滞が打破されることもあれば、犯罪やそれまがいが発生することもある。

 お盆前後まで全く身動きが取れませんでしたが、下旬に入ってから、ずっと宿題で先延ばしにしていたいくつかの案件で、強行軍の国内移動が続き、へたばっているところです。

 車で日帰りの新潟往復は、体に堪えました。特に、行った先が柏崎刈羽原子力発電所で、正規の手続きをして炉心の格納容器内まで見学させてもらったので、人生としては大きな収穫だったと思うのですが・・・。

 原発の中で見たもの、感じたことなどについては、時機を見て記したいと思います。その翌日は京都、東本願寺で対談がありました。「笑う親鸞」以来のご縁で、真宗大谷派の雑誌に「声明」を主題に、名古屋の守綱寺・羽塚知啓さんとのお話が、秋に載るはずです。

 真宗の年中行事のピーク「報恩講」のシーズンに出る号ですので、ご覧になる機会がありそうな方には、どうかお楽しみにしていただければと思います。

 そんな夏の京都で目にした「やめてくれ!」と思う外国人観光客のダメ・マナー、気になったものいくつかを、今回は記してみたいと思います。

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郷に入れば郷に従え
外から来た者の守るべきマナー

 このコラムをずっと読んでくださっている方にはいまさら強調するまでもありませんが、私は基本コスモポリタンのスタンスで、ヘイトなど論外ですし、移民も移住も柔軟にあるべきと思っています。

 私自身も、ドイツを中心に海外との往復は長く、多く、島国に引きこもりのメンタリティでは、良いことなんか何もないというベースではあるのですが・・・。

 でも、外からやって来て、我が物顔でその地域を蹂躙するようなことは、一番やってはいけないことだ、とも強く感じています。

 例えば、ドイツではドイツ語を使って生活しますし、ドイツの社会習慣・法律を守るのは当然として、それ以外の様々な社会ルールも、慎重にチェックし、「郷に入れば郷に従う」中で、いろいろなことにも気づき、ためにもなり、面白くもありました。

 このコラムでも昔、地下鉄や電車に自転車に乗ったまま乗車できるドイツの特徴、そこで気をつけなければならないことなどを記したことがありました。

 そういうローカルなルール、もっと言えばその基礎となるのは「言語」だと思いますが、これに顧慮のない「観光客」は、言ってみれば生態系を攪乱する外来種みたいなもので、これには全く歓心しません。

 京都で、店の人に英語でまくし立てる白人観光客を目にしました。お店の人は明らかに当惑しているのですが、何人か知りませんが英語でまくし立てている方は、自分の母語で何事か主張して譲りません。

 特に耳をそばだてることもしませんでしたが、率直に、こういうのは私はとても良くないと思います。

 ここは外国(日本)で、基本英語は通じません。それを、平気な顔をして自分の庭みたいに、通常の母語でまくし立てる人間の気が知れない。

 私は立川・横田という基地の町近くで育ったので、米兵の引き起こす事件を子供の頃から少なからず目にしてきました。その背景には、ある種の驕りが常につきまとっているように思われてなりません。

 異国に来たら、まず謙虚にその国の風習・習俗、まず言語、それからマナーなどを知るように務め、礼儀正しくその社会の扉をノックしてこそ、コスモポリタンだと思いますし、自分が外に出たときはそれに気を遣います。

 同様に、日本に来る人にも、最低限のことは配慮してもらうべきだと思うし、それを明確に指摘するのも大事なことだと思います。

 新幹線の中でバカでかい声で呵呵大笑する、ラテン系の大家族らしい一団を目にしました。子供もいて、はっきり言って迷惑です。

 たまたま、私の席はその車両ではなく、車内を移動しただけだったので、常時の喧騒に悩まされずには済みましたが、あの車両にいた人はさぞかし迷惑だったでしょう(新横浜〜名古屋間は短い時間ではありません)。

 ああいった「外人」集団に、あなたたちがやっていることは迷惑だ。静かにするように、と決然と言うケースが、日本でどれくらいあるのか。

 ドイツで新幹線、ICEに乗ると、長距離列車の中で騒ぐラテン系の若者など目にすることがありますが、かなりの確率で一言二言言う人が現れ、それを聞いて、少なくとも直後はヒソヒソ声になる、という風景を目にします。

 ベルリン〜ミュンヘン間など長距離移動ではいろいろな国の人が乗ってきて、様々な文化習俗が目に入ってきますが、共存・共生のルールには、皆それなりに配慮している。

 大陸というのはそういう文化だと思います。

文化多様性を欠いた中国大陸気質?

 京都の地下鉄で、PDAから流れ出す、やたらうるさい音が鳴っていました。乳母車に乗せられた子供が、どういう製品なのか「機関車トーマス」か何か、擬人化した列車や自動車がキャラ系のアニメを、手に乗るサイズの画面で見ていて、それがバカでかい音で鳴っている。

 夕方の、けっこう混んだ地下鉄の車内で、こういうことをやられるとたまりません。

 で、その「機関車トーマス」ケタタマしい汽笛やクラクション、BGMと一緒に流れてくる吹き替えが中国語なんですね。

 折りたたみの乳母車にその子供を乗せて、若い両親がすぐそばにいましたが。誰も注意する気配はありません。

 こういう時私は、様子を見たうえで指摘するのを常としています。一駅我慢しましたが、降りなかったので、まず日本語で

 「子供のオモチャ、うるさいから静かにさせるように」と告げました。

 これは、この観光客と言うより車内のほかの人に対しても言っているわけで、よく言ってくれた的な空気の加勢を感じました。しかし、予想されたことですが、その両親には全く理解されません。

 そこで、今度は、ゆっくり丁寧に、子供のオモチャを指差しながら誰でも分かる英語で「うるさすぎるから、これのスイッチをオフしろ」と告げました。

 しかし、英語が理解できない中国人観光客で、困ったような顔をしたまま、子供アニメの大音量はやみません。

 こうなると、もうどうしようもありませんから、日本語で「最低限言葉くらい分かってから、爆買いでも何でもしに来なさい」と引導、次で私は下車しました。大音量アニメの乳母車と英語も日本語も分からない両親はそのまま地下鉄で北上して行きました。

 後で改めて駅の掲示などを見渡すと、簡体字の中国語やハングルの表示がやたらと目につくことに気がつきした。

 日本はいつの間にか、日本語はもちろん、遠慮の国際共用語と言うべき英語も全く分からない観光客を、少なからざる数迎え入れる形になっていたのだなと改めて感じ、ため息となったしだいです。

 やや私事になりますが、私の曽祖父は明治の外交官で、明治最末年40年代に「ブラジル移民」の政策に取り組みました。しかし最初の移民団は完全に失敗し、ほぼ全員が逃散してしまう惨状となってしまいました。

 現地の状況、言語もマナーも社会ルールも、経済システムさえ知らず、東京の役人考えで無謀な移民の旗だけ振って、開墾の原資も、初年作付けの上がりによる返済(などできるわけがないのですが)程度の計画も立てずにブラジルに乗り込み、現地で借金まみれとなって崩壊したというものでした。

 上に記したのは、日本語も英語も知らずにやって来る成金観光客のケースで、移民とは全く違う状況ですが、訪れる当該国へのリスペクトがないという一点では、完全に同じ病と思います。

 一般に大陸の気質は他者への配慮と共生の賢慮を持つものですが。一人っ子政策で育ったらしい、今日の中国爆買い観光客の中には、およそそういう配慮を欠くものが、少なくとも1カップル存在するのを体験的に知りました。

 海に進出し始めた中国が、巨大な"島国根性"に変質などしているのなら、それこそたまったものではありません。

 世界には様々に異なる社会があること、別に社会と向き合うときには、そこに合致したマナーからスタートして、決して土足で踏み入るようなことはしない。

 今日の多様な地球に住む者にとって、これらは最低限の分別だと思います。

筆者:伊東 乾