「Thinkstock」より

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 元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな絵本は、『おおきな株』です。

 かつて、元格闘家が格闘技イベントで成功した所得を圧縮して、法人税法違反の容疑で逮捕される事件がありました。法人税法違反の容疑で逮捕されるということは、国税局査察部と検察が連携し、いわゆる脱税で逮捕されるということです。

 この脱税は、元格闘家の知人が経営する企画会社に、外注費を払ったように仮装し、法人所得を圧縮する方法で行われました。このような仮装は、契約書、見積書、請求書の作成にとどまらず、預金を動かすことによって取引があったように見せかけるのが一般的です。

 圧縮した利益は9億円で、代表者は免れた法人税や消費税約4億3000万円を選手への裏ファイトマネーや高級車の購入に充てていたということです。

 通常であれば、選手へのファイトマネーは法人の損金にでき、脱税した資金を流用する必要はありません。おそらく、選手側の所得も圧縮するために帳簿に載らないキャッシュをファイトマネーの支払いに使ったと思われます。

 しかし、査察を受けて、選手側に税務調査や捜査が入ったことは間違いないでしょう。報道こそされていませんが、所得税や加算税を追徴されているはずです。このような場合、金額が年間5000万円を超えていなければ、脱税として逮捕されることはなく、税務調査があったことが報道されることもありませんので、公にならなかったのでしょう。

●マイク・タイソンを利用した脱税

 知人に依頼し、仮装・隠蔽を行うのは、どんな脱税者でも思いつく浅はかな脱税です。しかし、冒頭の架空の外注費の計上は、単なる外部の人間に仕事を依頼したようなものではなく、プロボクシング元ヘビー級王者マイク・タイソン選手の招致計画を仮装していたのです。

 作成したタイソンとの契約書には、招致が実施されなかった場合の違約金について明記されており、その違約金1000万ドルを支払ったと仮装して、法人所得を圧縮したのです。つまり、本当にタイソンが来日するとなればメディアで大きく報道される相当の蓋然性があり、架空の外注費はすぐに明らかになります。しかし、招致を失敗したように処理すれば、タイソンが日本に来ることはなく、カネだけを動かして経費にできるのです。

 しかし、格闘界のスーパースターであるタイソンの名前を使って脱税するという愚行は、青天の霹靂で、にわかには信じられません。

 元格闘家側が1000万ドルの違約金を払ったとすれば、タイソンの所得が1000万ドル増えることになります。もちろん、タイソンはそのことを知りませんから、その収益を帳簿に載せることはなく、表面上は脱税をしていることになります。元格闘家の脱税が明らかになっていなければ、日本と租税条約を結んでいるアメリカで、タイソンに査察が入っていたかもしれません。

 では、どうして元格闘家のタイソンとの取引が仮装であるかわかったのでしょうか。国税局はアメリカまで行って、タイソンに反面調査を行ったのでしょうか。

 招致に当たっての契約書は1999年の日付で作成されていました。契約書には、契約者の氏名や住所、契約の内容が記載されていますが、元格闘家が代表取締役を務める法人の住所に不審な点がありました。契約書には法人の現住所Bが記載されており、1999年当時、その法人はAにありました。つまり、元格闘家は脱税の方法を考えたときから遡って書類を作成したが、住所を変更するのを忘れるという単純なミスを犯し、国税局はそこを端緒にしたという、更地のかくれんぼのような誰にでも見つけられる難易度の低い仮装だったのです。

 元格闘家は、法人税法違反と証拠隠滅罪で起訴され、懲役1年10カ月を言い渡されましたが、それから10年以上たった今では、再び格闘技イベントに携わり成功を収め、高級外車のベンツやBMWに乗っているそうです。
(文=さんきゅう倉田/元国税職員、お笑い芸人)