内閣府政策統括官(防災担当)付企画官の後藤隆昭氏

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2016年に公開され、大ヒットを記録した映画『シン・ゴジラ』。公開から1年以上が経った8月26日(土)、シン・ゴジラをテーマに防災と危機管理を語るイベント「研究者メディア CAFE」が都内で開催された。

【写真を見る】ゴジラの指し棒を持って登壇した中村宏治氏

「研究者メディア CAFE」は各分野の研究者やメディア関係者が最新の事例を報告し、お互いの理解を深めることを目的とした会。今回は政府関係者や元陸上自衛官、ライター、研究者など、さまざまな専門家がシン・ゴジラを下敷きに、幅広い分野でプレゼンテーションを行った。

最初に登壇したのは、内閣府政策統括官(防災担当)付企画官の後藤隆昭氏。政府内で危機管理を担当している後藤氏が語ったのは、災害発生時の政府の初動対応について。

1995年、阪神淡路大震災での初動の遅れという教訓から創設された緊急参集チームのメンバーは、招集された時に徒歩30分以内で危機管理センターに向かえる場所にいるなど、当事者ならではの知識を披露。東日本大震災、熊本地震と、大きな地震が起こるごとに変化してきた日本の対処構造を説明した。

『シン・ゴジラ』劇中では、ゴジラに対し各省庁から派遣されたメンバーがそれぞれの役割を果たして作戦を成功させたことを挙げ、大きな組織を作らなくともそれぞれの省庁が連携・調整することで全体として対応できるのが日本式の危機管理の強みだと説いた。

また、シン・ゴジラを題材に災害対策の同人誌を作ったという後藤氏が、参加者からシン・ゴジラでの防災服の再現度について質問され、「服に描かれた文字を見なくても『ここは国交省』だな、と色合いで分かる」と答えて参加者の笑いを誘う一幕も。

続いての登壇者は元陸上自衛官、現在は笹川平和財団参与で国際大学教授の山口昇氏。東日本大震災に際し内閣官房参与を務めた山口氏は、その目で見た震災当時の政府の対応の様子を振り返る。

同氏は官邸内に情報共有のための仕組みがなく、最高指揮官をうまくサポートする形になっていないことを指摘。また、被災地では物資だけでなく通信インフラも欠乏することから、「災害時の通信を提供するNGOがあってもいい」と、救援物資としての“情報”の重要性を挙げた。

一方で、自衛隊ではヘリコプターパイロットも務めたという山口氏は、映画の軍事的再現度の高さを「99パーセントリアルです」と称賛したうえで、「ただ、AH-1S(劇中でゴジラに攻撃をしかけたヘリコプター)の機関砲の発射音が違う。もっと一発の音がはっきり聞こえる」と実経験から語られるリアルな感想に、会場からは感嘆の声が漏れた。

造形家・編集ライター・演出と幅広く活躍する中村宏治氏は、「リアル」だと評価されたシン・ゴジラの内容について、あえて劇中の疑問点を列挙。劇中で“進化”し姿を変えるゴジラをどうして別個体ではなく同一個体と判断したのか、ゴジラが東京に向かう理由が判明していないのにその進行ルートありきの作戦を立てたのはどうしてかなど、ライターならではの視点で問いを投げかける。

また、劇中ではほとんど描かれなかったSNSでの避難誘導に対してのデマ・誤報がもっとも恐ろしいのではないかと、日本の危機管理の弱さを指摘。危機管理という観点からも、作中の出来事が決してすべてではないことを改めて感じさせた。

国立環境研究所の坂本佳子氏は、外来生物の脅威についてプレゼン。アルゼンチンアリを例に、侵略的外来種の防除について語った。攻撃性が強く、どこにでも仮住まいを作り、しかも別の巣と連携するかのようなスーパーコロニーを形成することがあるアルゼンチンアリ。その特徴は、映画で危惧されていたゴジラの繁殖や拡散の脅威に通じるものがあると言う。

競合する種を駆逐してしまうなど、生態系に与える影響が大きいアルゼンチンアリの防除手段として、遅効性のベイト剤を使って巣のアリをまとめて駆除する方法を説明。エサを巡る競争に強いという点を逆手に取ったこの方法は、ベイト剤の多くを獲得できるアルゼンチンアリだけを選択的に駆除する効果があるのだそう。

2017年にはヒアリの出現が話題になり、注目されることの多い外来生物だが、同氏の「研究者は政策決定者ではないが、科学的根拠を重ね、実現可能な選択肢の幅を広げる役割がある」という言葉は特に印象的だった。

理学博士の宇野賀津子氏は、免疫の研究に加え、「放射線の影響とクライシスコミュニケーション」の委員も務めた人物。

宇野氏は免疫学者の視点から、放射線よりも恐怖のほうが健康へのリスクが高いと指摘する。学術的に正しい答えであっても、リスクを過剰に語って恐怖をあおることは無責任であると語った。さらに東日本大震災において福島県の県外避難者の数が2011年の夏以降に増加した理由について、原発事故以後のクライシスコミュニケーション、すなわち非常事態の発生時に被害拡大を防ぐための情報開示が適切でなかったため、後から怖くなった人々が多数いたからだと分析。そのうえで、平時・クライシス時双方で適切な情報発信の必要性を訴えた。

映画は、観る人によってさまざまな見方ができる。『シン・ゴジラ』の中には映像として描かれたものはもちろん、描かれなかったものも含めてさまざまな危機管理の視点が詰まっている。9月1日は防災の日。これを機に映画を振り返り、防災についてあらためて考えてみてはどうだろうか。【ウォーカープラス編集部/国分洋平】