三重のメーカーなのに東京の下町の酒場で異様な人気を誇る焼酎がある。宮崎本店が販売する亀甲宮焼酎、通称「キンミヤ」だ。宮崎本店は三重の会社なのに関東方面への出荷が約8割を占めるという。

現在、空前の古典酒場ブームだが、東京の多くの古典酒場にはこのお酒が置いてある。ホームページなどの公式情報には記述はないが、このお酒が置かれている理由は「関東大震災の時、東京が大きな被害を受ける中、宮崎本店さんだけは集金に来ないで支援をしてくれた。この御恩があるから宮崎本店さんとのお取引だけは変えるわけにはいかない」というもの。

この話やお酒について宮崎本店の宮崎由至社長にたっぷりと話を聞いてきた

関東大震災に関する話ってホント?

さっそく宮崎本店のこの話を聞いてみると「その話は本当です」とのことだった。

「当時は弊社に宮島丸という船がございまして、東京に日用品や水を運んだという記録が残っています。当時の社長宮崎由太郎が掛け売りのお金を取りにいかないという方針にしたそうです。その話を聞いた酒場の後継ぎが先代からその話を聞き、他のメーカーさんもある中、弊社との取引を変えないという方針にしてくれているようです。三重には多くの酒造メーカーがあるんですが、関東大震災以降、伊賀のお酒は関西方面、伊勢のお酒は関東方面というすみ分けにになり、関東や東京との繋がりがより強固になりました」とのことだった。

震災時は支援する企業文化がある?

宮崎本店は企業として「震災時は積極的に支援を行う」という方針を打ち出しているわけではないが、阪神淡路大震災や2011年の東日本大震災の時も仕込み水を届けたそうだ。

「東日本大震災の直後は、東京の水が放射能で大変なことになっているのかもしれない…という報道があり、水をタンクローリーに載せて運んで配りました。通常、そういったお水は保健所の水質チェックが必要になるのですが、そのときは超法規的対応で大丈夫だったそうです」と当時のことを語ってくれた。

当時キンミヤの紙パックに水を入れて東京の古典酒場で赤ちゃんのミルクが不安なお母さんに配ったりもしたそうだが、それが思わぬ使われ方をする。

「お母さんが赤ちゃんのミルクを作るためにこの水を持ち帰ったんですが、その水をお父さんがキンミヤを割るためにこっそり使った人がいるらしいんです。マザーウォーター(※酒の原料になる水、キンミヤであれば鈴鹿山系の伏流水の超軟水)で割ったキンミヤが美味しかったみたいで『商品化してほしい』という話があったんです。残念ではありますが、販売する予定は現時点ではございません(笑)」

当時の人の話によると、キンミヤの紙ボトルを哺乳瓶に注ぐという光景はなかなかシュールだったそうだ。

取扱店が勝手に作った“シャリキン”はオフィシャルでも販売するように

ファンに親しまれているシャーベット状に凍らせたキンミヤをソーダなどで割る「シャリキン」という飲み方。この飲み方は宮崎本店が提案した飲み方ではなく、酒場から生まれた飲み方で、今では宮崎本店も推奨し、パウチを開発して商品化もしている。

「シャリキンがどこが発祥なのか正確な記録としては弊社に残ってはいませんが、赤羽の米山さんあたりが最初に始めたんだと思われます。キンミヤの製造工程は分かりますが、逆に私がお店の人がどうやってシャリキンを作っているか知りたいくらいです(笑)タッパーに入れて凍らせたりしていると思うんですけど。でも、企業が提案したわけではなく、実際にこの商品が飲食店から生まれたというのが素晴らしいところですよね」との秘話を頂いた。

「シャリキンは確かに冷たいので飲みやすいです。ただ、このお酒は凍ったキンミヤが後半からどんどん溶けるので、濃くなって酔いやすくなるんですよ。この点は注意してください」とのことだった。確かに、飲みやすくてゴクゴクと飲んでしまうので気を付けた方が良さそうだ。

今の銀行なら断るレベルの技術投資

キンミヤは甲類焼酎というものに分類され、粗留アルコール(熟成させていないラム酒に近いもの)が原料で、蒸留器を使い何度も蒸留を行い、アルコール度数を95度程度にして、そののちに水で割って25度程度に調整し完成する。

宮崎本店は昭和5年、当時珍しかった甲類焼酎を造るためのドイツ製連続式蒸留機を他社に比べてかなり早い段階で導入する。

「当時の売り上げの何倍もする設備投資だったので、近隣の酒造メーカーに『宮崎はバカだ』と言われたそうです。今だったらそんな投資金融機関が許さないでしょうね」連続式蒸留機は博打ともいえる投資だったそうだ。

当時の社長宮崎由太郎は「これからの焼酎は新式だ。旧式では生き残れない」と予言したが、多くの酒蔵が廃業する中甲類焼酎で成功し、宮崎本店は今も躍進しているので、この投資は長いスパンで見ると先見の明があったといえるだろう。

南海トラフ地震に備えて水の調査

「甲類焼酎は正直なところ原材料には大きな違いがないので、だからこそ水が重要です」と宮崎社長は語る。キンミヤの特徴は雑味のない味。この味はミネラル分がない超軟水だからこそ作れるため、品質には絶対のこだわりを持っているそうだ。

今では品質にこだわりを持っているが、甲類焼酎はどこのメーカーも変わりがないと思っていた時が宮崎社長にもあったという。ある時、都心の店舗で宮崎社長がキンミヤではない酎ハイを飲んだところ、明らかに味が違い、驚いたそうだ。そのことを社長である自身が知らなかったため「社長なのに知らないで売ってるなんて。俺たちはキンミヤでしか酎ハイは飲まないよ」と常連客に笑われたそうだ。

そのことを反省し、今では地震が起きたことも想定し水にこだわっているという。「水が変わると品質が変わってしまうので、もしも南海トラフ地震が起こった時のために、近隣の水質を調べています。現時点でもし今の水源から水を取れなくても、ほぼ品質が変わらない水源を見つけました。面白いことにここらへんには甲類焼酎を造るメーカーが多いのですが、原材料や機械の性能はほぼ同じはずなんですけど、水質のせいか味が違うんですよ」と語ってくれた。

小さくてこだわりのあるお店に扱ってほしい!

最後に宮崎社長に今後の展望を聞いてみたところ「うちは個人店に助けられてきた文化があるので、大規模なチェーン店には商品を出さず、個人店に商品を使ってもらいたいと思っています。コの字型のカウンターの酒場に置いてあって、キンミヤのキャッチコピーのように『下町の名脇役』のような存在でありたいんです。ただ関西方面や仙台、すすきの、名古屋あたりにも取扱店は増やしたいですね」と語ってくれた。

宮崎社長はプライベートでも地方までキンミヤが置いてある店に飲みに行くこともあるらしい。「抜き打ちで行ってキンミヤがどう扱われているか見ていますね。わが子のような商品なのでかわいがっていただけるとありがたいですね。普通の一お客さんとしてお店に訪れて、店員さんやお客さんとしゃべって最後に私が『実は私、キンミヤの社長なんです』と言って店員さんの驚いた顔を見て帰るのがちょっとした趣味ですね(笑)」とお茶目な一面を覗かせてくれた。

震災の件をホームページで公にしていないのは「分かる人に商品の良さを分かってもらって伝道者になってほしいんです」とのことだった。品質本位で決して派手な広告を打たないキンミヤ。社長のインタビューを通して「下町の名脇役」というキャッチコピーの本質が分かった気がした。