2017年8月26日アジアパシフィック選手権大会で金メダルを獲得した日本女子代表(日本ゴールボール協会 - Japan GoalBall Association-のフェイスブックより引用)


 ゴールボールとは、第2次世界大戦で視覚に障がいを負った軍人のリハビリ競技として1946年に誕生したスポーツだ。2020年の東京パラリンピックでも競技の1つとなっている。

  今年8月21日からタイで開催されたアジアパシフィック選手権大会では、みごと日本女子代表は全勝して金メダル、男子は銅メダルを獲得した。日本チームが快進撃を展開する競技と言えよう。

 日本で広がり始めたのは1992年で、フェスピック北京大会(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)に参加したのは1994年のこと。この年に日本ゴールボール協会が発足した。

 ゴールボールは、バレーボールと同じ18×9メートルのコートで、敵と味方の陣地に分かれて鈴の入ったボールを互いに転がすように投球し合い、相手ゴールにボールを入れて得点を奪い合う対戦型競技だ。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

静まり返った試合会場

 敵がゴールめがけて投げてきたボールを受け取り、10秒以内に投げ返さないといけない。ボールがバウンドした位置、飛んできた方向から、次はどこに投球されるかを想定して選手は動く。

 例えば、コートの右側でボールをキャッチした選手が足音を潜めて左側に移動し、もう1人の選手が足音を立てて右側で走るふりをする。そうすることで敵は右側に意識を集中させる。ゴールボールにはこうしたテクニックが山ほどある。

 選手は鈴の音と味方の声を頼りに競技をするため、プレーの妨げになる声や音を出す応援ができない。ルールの解説や実況中継アナウンスも流れないため、会場は静かな空気に包まれる。

 こういった事情から、突然試合が中断された時に、観客は何が起こっているのかが理解できず、競技の進行についていけない問題もあった。そこで、日本ゴールボール協会は、「試合の臨場感を味わいながら、観戦者に音を出さずに実況中継できないだろうか」と考えた。

 それに応えたのは、次世代の骨伝導式ヘッドホン「プレスティン」を開発する医療機器メーカー、ディー・シー・シー(東京都文京区)の國司哲次社長(65歳)だ。それ以来、國司さんは改良を重ねながらゴールボール競技大会で観客用に何種類もの次世代型骨伝導補聴器を開発し続けてきた。

 骨伝導とは、鼓膜を介さず頭蓋などの骨から音声情報を脳に伝える方法のこと。

 國司さんが開発した骨伝導式ヘッドホンの何が次世代かと言うと、従来の骨伝導方式では難聴者にとって2KHz以上の子音(か行、さ行、た行)を含む言葉が聴き取りにくいという問題を解消し、明瞭な音を脳から聴けるようにしたことが挙げられる。

 さらに聴こえた時の音声情報が従来の補聴器や骨伝導式ヘッドホンに比べ、1000〜10万倍の情報量を持っている。

 音声情報がデバイスに入力されてから音や振動として出力されるまでの時間が、従来は1ミリ秒であるのに対し、國司さんは100万分の1〜1億分の1秒のスピードを実現した。

 スピードが早い分、伝達される情報量すなわち聴き取る情報量が増えるというわけだ。

 國司さんは、こうした技術を搭載した次世代型骨伝導補聴具を、日本ゴールボール協会(JGBA)が採用し始めた2008年以降、改良を重ねながら何種類も開発し続けている。

 現行モデルは耳の穴を解放して周囲の音が聴こえる状態に保ち、イヤホン部を耳の前のくぼみに装用するヘッドホン型だ。

 今年8月4日から6日まで、千葉ポートアリーナで開催された「2017ジャパンパラ ゴールボール競技大会」でも、新たに20台のヘッドフォン型の新モデル「プレスティンGB」を納品した。

 新モデルでは電源の安定化や低音域の聴き取りを改善するなどの改良を施している。現在、2020年のパラリンピックに向け、ヘッドフォン型とは違った装用方法とIoTを使ったシステムの構築を目指して開発を続けている。

2017年8月4日から開催された「2017ジャパンパラ ゴールボール競技大会」でプレスティンGBを装着する観客


 「今のプレーはゴールに向かって左端方向を狙った戦法だけど、逆の右端方向に投球していればこういった展開になっただろう・・・。こういう解説を聞きながら観戦しないと面白さが分からない。難聴者向けに鼓膜を介さない補聴具の開発をしてきたので、こういう用途があったことに驚きました」と、思いがけない縁に、國司さんはプレスティンの可能性を見出したという。

 具体的には「実況中継放送システムは1人から複数人に対して語りかけることができるので、聴覚に障がいのある児童学級や、 講演会、会議、映画、コンサートなどで老人性難聴を含め聴こえにくさに不便を覚える人たちに役立ててもらえるのではないか」と話す。

 観客は、「プレスティンGB」を装着することで、耳を塞ぐことなく、ヘッドホンから聞こえる実況中継と、ボールに入った鈴の音や選手の声を聞きながら観戦できる。静かな会場 で選手と観戦者が一体となれる。

老人性難聴になった母親に音楽を楽しんでもらいたい

 もともと國司さんは、ニューヨークで音楽関係の事業会社を経営していた。

 歌手が新曲をリリースする時に制作されるプロモーションビデオ(PV)を、スローバラードやロックなどのジャンル別にまとめ、それぞれ収録されている音質を統一して販売する権利を取得していた。

 洋楽有名アーティストのPVの制作・販売会社の垣根を超え、ジャンルやクリスマスといった特定のテーマで集めた選曲アルバム(コンピレーションアルバム)を制作し、日本を含め世界的な販売会社への発売元として活躍していた。

 「PV用の楽曲は、アーティストごとに音質がバラバラ。これを統一して制作からリリースまで手がけたのは、全米では唯一、私だけでした。世界で唯一と言えるかもしれません」と、音楽へのこだわりを見せる。

 國司さんが大学生だった1970年代には、六本木のディスコ「Embassy」で店専属バンドとしてソウルミュージックのカバーを毎週土曜日にバンド演奏していた。

 ソウルミュージックの故ジェームズ・ブラウン本人に会うためにニューヨークを訪れたことがきっかけでニューヨークに移住を決意した。

 「世界中から若者が集まった人種のるつぼ。『なんでもあり』がニューヨークのルールに思えたのです。それまで微塵も疑わなかった自分の価値観が崩壊し、人の目を気にせず自分だけの価値観で生きようと考えました」と國司さん。

 音楽をこよなく愛し、プロモーションビデオすらも自分の好みで集めたいという思いから事業化した國司さんのバイタリティはここから生まれている。

 國司さんが、次世代型骨伝導補聴具の開発に興味を持ったのは、2000年頃に母親が老人性難聴になったことがきっかけだった。音楽を聴かせてあげようとあらゆるヘッドホンを試したがダメだった。

補聴器さえ存在しない老人性難聴

 「どうして聞こえないのだろう」と、老人性難聴について調べたところ、「老人性難聴は治療できないばかりか、補聴器さえも存在しない事実には衝撃を受けました」と話す。

 しかし、ここで諦めないのが國司さんだ。

 65歳以上の高齢者の半分は老人性難聴で、症状の進行にともなって会話がままならなくなると同時に、音楽も思うように聴こえなくなる。

 せめて、もう一度、好きな曲や思い出の曲を楽しませてあげたい。テレビも普通の音量で楽しませてあげたい」という國司さんの思いはより一層高まり、突き動かされるかのように、難聴について独学を始めた。

 ゴールボールをはじめ、障がい者スポーツは、観ている人に勇気と感動を与える。

 障がい者と健常者の間にある目に見えない隔たりが顕在化するニュースに触れることは少なくない。許されない行動を取る人もいれば、分かり合うことの難しさにとまどう人もいるのではないか。

 こうした感動は、一体感を得られた喜びを生み出すだけではなく、共存への道しるべでもあるのではないかと思う。

 後編では、難聴者向けの骨伝導補聴具開発のエピソードを紹介する。

(つづく)

筆者:柏野 裕美