日本では古来、ヘビは神聖な生き物であるとして信仰されてきました。一方で姿の気持ち悪さや、一部の種が持つ毒により、忌み嫌われる存在でもあります。毒蛇と言って私たちがまず思い浮かぶのは、マムシでしょう。そして南西諸島のハブ。どちらも恐れられていますが、実はそれらよりも毒性としてははるかに強い種が、私たちの身近にいます。その名はヤマカガシ。その名に秘められた意味をたどると、先祖たちがこのヘビを恐れ敬った歴史が見えてきました。


意外に多い!日本在来の毒蛇

日本には、島嶼を含めると36種類の蛇が生息しています。
このうち、毒蛇と言うと、マムシ(ニホンマムシ、ツシママムシ)と沖縄や奄美諸島などの南西諸島に生息するハブ(ホンハブ、ヒメハブなど)の二種類が特に有名ですよね。蛇の毒は神経毒と血液毒に大別され、どちらも個体数が多く、かつ攻撃的な性質です。特にハブは、毒性こそマムシより弱くても射出される毒液量が多いために、ときに深刻な症状を引き起こすこともあり、有名なのも無理からぬこと。
そのほかに、あまり知られていませんが、ヤエヤマヒバァヤガラスヒバァなどのヒバカリの仲間、クメジマハイ、オキナワハイなど(酎ハイのような名前ですが)や奄美諸島のヒャンなどの毒蛇がおり、これらは何とあのコブラの仲間。コブラ科のため毒は神経毒で、ヒャンの毒性はハブの5倍の猛毒で、実質日本在来種では最強の毒性をもつ一種かもしれません。ただし、小型の蛇で口も小さく、人間には噛み付けないのでほとんど被害は報告されていないようです。また、ウミヘビの仲間も有毒です。
そうした中で、つい近年の1970年代まで毒蛇だということがわかっていなかったのが、ヤマカガシです。しかしその毒性はマムシやハブの10倍以上といわれるほど強く、咬まれたときの致死率も10%と、ハブやマムシよりもはるかに高い恐ろしいもの。南西諸島の小型の蛇などをもしのぐ、国内最強の毒蛇と言っても過言ではないのです。

水辺に多く生息


古き神の名をいただく「ヘビの中のヘビ」ヤマカガシ。大蛇伝説との関係とは?

ヤマカガシ(Rhabdophis tigrinus)は、ナミヘビ下目ユウダ科ヤマカガシ属に属する全長70cm〜150cmほどの中型種ヘビ。オリーブ色系の地色に赤と黒のチェッカーフラッグのような鮮やかな模様、首周りにはリング状の黄色がさします。鱗は強いキール(突起列)が目立ち、手触りはざらざらとしています。体色には変異が多く、赤と黒の斑紋の個体は東日本で多く見られ、西日本では赤味のない個体、全体に青い個体などもあり、黒化型も出現します。
食性は、特にカエルを好み、魚やサンショウウオ、トカゲ、鳥の卵などを食べます。毒をもつため多くのヘビが食べるのを避けるヒキガエルも大好物で、丸ごとおしりから飲み込んでしまいます。こうした食性から水場を好み、人里の河川敷や田んぼ、遊水地などでよく見かけることが出来ます。
ヤマカガシの毒は溶血毒と呼ばれる独特のもの。ハブやマムシのような前歯の毒牙ではなく、上顎後部の大きな歯から耳下腺に含まれる毒が注入されて血が止まらなくなります。血液中にプロトロンビンの活性化(血液凝固作用)を促し、全身の血管内に微小な凝固を発生させて凝固因子であるフィブリノーゲンを消費させ、血液中からフィブリノーゲンを消し去ってしまいます。これにより全身に皮下出血、内臓出血、そして内臓の機能不全・脳内出血を引き起こし、重篤な場合死に至ります。
「ヤマカガシ」という変わった名前は、元は「ヤマカガチ」であったといわれ、漢字で書くと山楝蛇。「チ」「ち」は霊力や、霊力の強いものの意味をあらわすと同時にヘビの古語の一つである「みづち」や、神話で登場する三輪山の神・大物主神の別名・大己貴命(おおなむちのみこと)、「八岐大蛇(やまたのおろち)」などの「ち」とも通じ、ヘビ、特に霊力の強い歳を経た大蛇の意味を表します。
大己貴命の正体はやはりヘビであり、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)と契りを交わしますが、夜な夜な訪れる夫の正体が大蛇であることを知り、大己貴命の怒りを買い、百襲姫命は自殺をしてしまう、という逸話で知られます。
「カガ」もまた、蛇の意味を表す古語です。「鏡」や「輝く」の語源でもあり、またホオズキの赤く熟した実を赤加賀智(あかかがち)といい、八岐大蛇も、「その目は赤加賀智(あかかがち)の如くにして、身一つに八頭八尾あり」と描写され、国つ神で正体はヘビであるといわれる巨人・猿田彦神も、日本書紀での登場シーンでは「眼は八咫鏡(やたのかがみ)のごとくして、絶然(てりかがやけること)赤酸醤(あかかがち)に似れり」と描写され、鏡、そしてホオズキに例えられています。
さらに、天孫降臨に先立ち、葦原中国(日本列島)にたくさん暮していた先住の神々のうち、最後まで抵抗したとされる星の神・天津甕星(あまつみかほし)の別名は星神香香背男(ほしのかがせお)で、やはりヘビの別名である「かが」が現れます。この香香背男はそのまま案山子(かかし)のことでもあり、田を守る案山子は、すなわちそのままヘビの化身でもあるのです。
遠い神話の時代に信仰されてきた古い神々はヘビ、しかも大蛇であり、川や沼、湖などの神であるとともに農耕・生殖の神でもありました。今でも、神社や聖域にかけられる注連縄はヘビをかたどったものです。ヘビの呪力と霊力にあやかると同時に、天孫降臨以前の日本在来の神々は蛇であったということを暗に示しています。
つまり、「ヤマカガシ」とは、山に住むカガ-チ=大蛇という意味になります。山と言っても高山ではなく、田の神が春から秋にかけて里に下りてきて冬には帰ってゆく往還の地である「はやま(端山、葉山など)」といわれる里山のことで、村人のこしらえた田んぼや泉に降りてきてそこを住まいとするヤマカガシは、山の神、田の神の化身として捉えられていたことがその名から理解できます。
しかしそうすると疑問が湧いてきます。ヤマカガシと同様によく見かけ、かつ通常もっと大きくなるはずのアオダイショウやシマヘビのほうが、山の神・田の神の化身にふさわしいのではないでしょうか。なぜそれらではなくヤマカガシが化身となったのでしょうか。

ヒキガエルも飲み込んでしまいます


神秘の呪力を持つヤマカガシはいかにして山の主となったか

ヤマカガシはヘビの中でも特に水場を好み、よく泳ぐ姿を見るために、水との関連が顕著です。これが、ヤマカガシが竜のような大蛇になる、というイメージにむすびついたものと思われます。水を泳ぐために適応したと思われる鱗の目立つキール(中央部の突起列)がドラゴンを思わせることも一因かもしれません。
古くより深山や、あるいは土木工事中にとてつもない大蛇が現れて襲われた、というエピソードは後を絶ちません。近年でも、1974年、兵庫県相生市で目撃され騒ぎとなった体長が4メートルに達したといわれる大蛇はヤマカガシだといわれていますし、神奈川の丹沢で見つかったヤマカガシの大型種は、太さが牛乳瓶ほどもあったのだとか。
ヤマカガシの頚部付近から分泌される毒は、ヤマカガシが食べたヒキガエルから取り入れたもので、幻覚性があるといわれます。ヒキガエルの耳腺から分泌する毒ブフォトキシンは、ブフォニン、ブファテニンを含み、幻覚を引き起こします。ヤマカガシは時に、飲み込む前に獲物の風上で鎌首をもたげ、幻覚性のある毒を気化させて獲物を幻覚状態に「呪縛」して飲み込むという戦術を用いるともいわれます。もし、2〜3メートルほどの相応の大蛇となったヤマカガシが人間に相対したら、人間はヤマカガシの幻覚毒によりそのヘビを実際よりもずっと大きく感じてしまったかもしれません。こうして、山で30メートルの大蛇に出くわした、といった体験談が多く残ることとなったのかもしれません。このように考えると、人々がヤマカガシを巨大な山の主と考え、その名をあたえたことも、説明できるのではないでしょうか。
そしてもう一つ。ヤマカガシが近年になるまで毒があるとは知られていなかったことは先述しました。判明したのは、1972年のヤマカガシによる咬傷で死亡例を検証した結果によります。それまで知られていなかったということは、昔の人もヤマカガシに毒があるとは知らなかったわけです。人家近くに現れたヘビを打ち殺すという行為は、頻繁に行われていましたが、こうした行為のあと、ヤマカガシにそれと知らずに咬まれる、頚部の毒にやられる、などの被害があったことでしょう。すると、そのあとその人が体調を崩したり失明したり命を落としたりすることも、しばしばあったのではないでしょうか。これを、ヘビの呪力、祟りと考え、ヤマカガシを特別な霊力のあるヘビだと考えるようになったのかもしれません。
ヤマカガシは、これから繁殖期の秋に入りますが、見かけても安易に触ったりいじめたりせず、眺めるだけにしましょう。また、その毒について研究の進んでいないヤマカガシについては、マムシのように血清はどこにでもあるわけではありません。万一のときには、こちらにご連絡を。
ジャバンスネークセンター

美しい姿にご用心!