勝利した瞬間、大坂なおみはラケットを放り投げて喜びを表現したかった――。

 でも、実際はいつものようにおとなしめで謙虚な彼女らしく、コーチたちが座る関係者席に向かって、片手でガッツポーズをつくりながら、わずかに微笑んだだけだった。

 ただ、小さなガッツポーズとは対照的に、大坂の挙げた勝利は間違いなく大きなものとなった。なぜなら、舞台はUS(全米)オープンテニスのセンターコートであるアーサー・アッシュスタジアムで、対戦相手はディフェンディングチャンピオンのアンジェリック・ケルバーだったのだから……。

「アーサー・アッシュで、素晴らしいチャンピオンとプレーすることは夢でした。(USオープンのセンターコートでの初勝利は)私にとっては本当にスペシャルでした」


USオープン前年覇者、ケルバーにストレート勝ちした大坂なおみ(右)

 大坂(WTAランキング45位、8月28日付け、以下同)は、1回戦で第6シードのケルバー(6位、ドイツ)を6-3、6-1で破り、2年連続で2回戦進出を決めた。わずか65分で前年優勝者を倒すアップセットを演じた大坂が、USオープン2日目の主役となった。


 今夏の北米ハードコートシーズンで、大坂はそれほどいい結果を残していたわけではない。初戦のWTAスタンフォード大会では1回戦敗退。続くWTAトロント大会では、カロリーナ・プリスコバ(1位、チェコ)との3回戦で腹筋痛が再発して途中棄権。しかし、そういう状況でも「ナンバーワンを相手に、いいプレーができました」と、大坂は自分なりにいい手ごたえを感じていた。

 その後、一旦フロリダに戻って治療してから、USオープン開幕まで2週間、練習とフィジカルトレーニングをしっかり消化、ニューヨーク入りしてからも、精力的に練習をこなした。腹筋のケガについて聞くと、「大丈夫」と答えてくれた大坂は1回戦に向けて上々な仕上がりを見せていた。

 彼女にとって2度目のUSオープンでの初戦の対戦相手が、元世界ナンバーワン、ケルバーに決まってもまったく気負いはなかった。

「本当に自分はプレッシャーを感じていません。むしろケルバーの方が、昨年優勝しているので、プレッシャーを感じるのではないでしょうか。自分はよいプレーができていると思うので、自分自身への期待はあります。勝ちたいと思いますし、楽しみたいです」

 昨年はマディソン・キーズとの3回戦で、勝利まであと2ポイントというところまでこぎつけながら、大坂がフォアボレーで痛恨のミスをしてベスト16進出を逃した。当時18歳、何度もリストバンドを目に当てて涙をぬぐった苦い経験を踏まえて、大坂は「とにかく泣かない」と誓った。


 試合はどちらがシード選手かわからないほど、大坂の独壇場となった。

 ケルバーは、「大坂は攻撃的でサーブがとてもよかった。完全に私の日ではなかった」とめずらしくお手上げ状態だった。

 大坂の最速サーブが181kmで、サービスエースはなかったものの、ファーストサーブでのポイント獲得率は79%と非常に高い数字を残している。

 さらに大坂のストロークが終始深く入り、バックハンドストロークは安定し、なおかつ得意なフォアハンドストロークはウィナーを14本も記録した。ツアー屈指のディフェンス力を誇るケルバーだが、得意のカウンターショットは、大坂によってことごとく切り返されてしまう。本来のケルバーからは考えられない23本ものミスを犯して、反撃の糸口を見出せなかった。

 元シングルス世界8位で、この試合の解説を務めた杉山愛さんは、トップ10プレーヤーから初勝利を挙げた19歳の大坂の成長を高く評価した。

「攻守のバランスがすごくよかった。ミスも少なかったなかで、一本調子ではないからこそ、決め手になるショットがより活きていた。鉄壁のケルバーが守りきれなかったんですからね。(メンタル面でも)同じ間違いを絶対しなかった。退(ひ)かず、慌てず、自分のやるべきことをしっかり最後まで集中を途切らせることなく、高いエネルギーでできた。本当に圧巻でした」 


 杉山さんは、1回戦でシードダウンを演じた大坂の今後の戦いにも大きな期待を寄せる。

「ビッグウィンの後の2回戦は気持ちの持ち方が難しいけど、大坂さんは淡々とひとつずつこなすというか、あんまり舞い上がることなく次もいってくれると思う。あのテニスができれば、(グランドスラムの)2週目も狙える。今は本当に誰が勝つかわからない女子テニスなので、(大坂に)可能性を感じます」

 ケルバーが「大坂には明るい未来がある」と語るように、大坂は再度、非凡な才能と未来のグランドスラムチャンピオンになれるポテンシャルを大舞台で示した。

 2017年USオープンでの戦いはまだまだ始まったばかりだが、ブレークする起爆剤となるような勝利を、元女王からつかみ取った大坂のさらなる進撃を楽しみにしたい。

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