第35号「ビリー・ホリデイvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊

文/後藤雅洋

「大きな入れ物にはなんでも入る」などということわざがあったかどうか定かではありませんが、要は「器の大きさ」ということです。言うまでもありませんがこれは今回の主人公、カリスマといわれたヴォーカリスト、ビリー・ホリデイの歌い手としてのスケールの大きさのことです。

ジャズ・ヴォーカル・コレクションの第8号「ビリー・ホリデイ」で、私は彼女のことを「最高のヴォーカリスト」と評しました。それと同時に、「鬼気迫る歌声」あるいは「玄人好み」「別格」という言い方もしましたよね。もちろんそれらは間違いではないのですが、もしかするとこうした説明の仕方が、一種の「敷居の高さ」に通じたかもしれないと、いささか反省してもいるのです。

というわけで今回の「ビリー・ホリデイvol.2」では、そのあたりの誤解を解くために、ふたりの偉大なジャズ・ミュージシャンとの比較、類似を通して、ホリデイの幅広い魅力を再度掘り下げてみたいと思います。そのふたりとは、前号で登場した「ジャズの父」と称された、歌も歌うトランぺッター、ルイ・アームストロングと、天才的アルト・サックス奏者にしてジャズの改革者、チャーリー・パーカーです。

まずはサッチモと愛称されたルイ・アームストロングとの「類似」からいきましょうか。ホリデイもサッチモも、それぞれジャズ・ミュージシャンとしては「別格」扱いでした。ホリデイは、オーラを伴ったカリスマ性ゆえの特別な存在感が「別枠扱い」の理由でしたよね。

他方サッチモは「ジャズの父」と称されていることからもわかるように、「すべてのジャズ」の大元締めみたいなところから、他のジャズマンたちとは比べることのできない「別枠扱い」は当然でしょう。わかりやすいたとえをすれば、サッチモが仮に「料理全般」だとしたら、チャーリー・パーカーはたとえば「中華料理」、そしてトランぺッター、マイルス・ディヴィスは「フランス料理」といったあんばいです。中華料理とフランス料理を比べることはできても、それらを総称する「料理」とフランス料理や中華料理を比較しようという話は、なんか変ですよね。意味不明。

そして彼の場合はもうひとつ「別格」の理由があるのですね。それは前号「ルイ・アームストロングvol.2」で詳説したように、ビートルズのチャート・ナンバーワンを阻止した唯一のジャズ・ミュージシャンという事実が証明する圧倒的ポピュラリティです。これなど、まさにサッチモの「器の大きさ」を証明する事例と言っていいでしょう。理由こそ違え、サッチモもホリデイも、ジャズ・ミュージシャンの中では「別枠扱い」であることはご理解いただけたのではないでしょうか。

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