今年は自転車誕生200周年の年ということをご存知でしょうか。ドイツ人発明家カール・ドライス男爵が自転車の原点といわれる「ドライジーネ」という名の乗り物を発明したのが、1817年である。写真は中国のシェア自転車。

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今年は自転車誕生200周年の年ということをご存知でしょうか。ドイツ人発明家カール・ドライス男爵が自転車の原点といわれる「ドライジーネ」という名の乗り物を発明したのが、1817年である。

数十年前、自転車通勤の集団は中国の朝の代表的な人文風景になっていた。中国は「自転車大国」と言われ、自転車は最も重要な交通道具であった。70年代と80年代、私の父親は毎日、片道2時間ほどかけ自転車で通勤していた。自転車がなかったら、仕事ができないとも言える。

昔、中国では一家に一台自転車を持っていた。自転車の3人乗り、さらに4人乗りもよくあった。父親は「運転手」で、子どもが1人で前に乗り、母親がもう1人の子どもを抱いて後ろに乗るという具合だ。今思えば、かなり危険だった。貧乏な時代、交通手段も乏しく、バスさえ少なかった。そんな中、自転車は大きな役割を果たしたのだ。

21世紀に突入してからは、高度経済成長に伴って中国では車が急増した。一時自転車が街から消えたようで、自転車がアウトドア、ダイエットの道具になった。

ところがここ数年自転車が再び脚光を浴びる存在になっている。それはシェアリングという新しいビジネスモデルが世界中に嵐を巻き起こしているからだ。これにより、中国は再び「自転車大国」として注目されるようになった。

シェア自転車が爆発的に広がっている。都市の街に多彩なシェア自転車が満ちあふれる。一方で、個人所有の自転車は段々と消えていく。自転車だけではなく、シェア自動車、シェア傘、シェアハウスなどなど、シェア経済が盛んである。シェア経済はスマホやソーシャルメディアといったIT技術と繋がっている。

日本でもシェアリングがある。今年1月からNTTドコモのグループ会社、ドコモ・バイクシェアが提供する、東京都千代田区、中央区、港区、江東区、新宿区、文京区、大田区の7区で行われている自転車シェアリング広域実験が始まった。

日中両国のシェアリングを比べると、いくつか相違点が見られる。中国では保証金が必要であるが、日本では不要である。日本のシェアリングはポートというレンタル自転車が置いてある場所から借りて、ほかのポートで返すことができる。中国はもっと自由に、スマホを使って自転車をシェア、GPSを結合した「どこでも乗れて、路上で乗り捨て自由」なハイテクまであった。凄まじい勢いでビジネスが進んでいく中国と違って、日本のシェアリングは穏やかな振る舞いを見せている。

そして、自転車誕生200周年の年に、中国のシェアリングが日本でデビューを果たした。シェアリング会社の中国モバイクの日本法人モバイク・ジャパンは、8月22日から、独自のIoT自転車を活用したスマートバイクシェアサービス「Mobike」を北海道札幌市で開始した。他にもいくつか中国のシェア自転車がすでに日本に上陸している。

中国のシェアリングは日本の風土になじめるのだろうか、と日本人に心配されるかもしれない。中国のシェアリングが日本に上陸することは、通常の日中間のビジネスと違って、地域の行政、団体、また多数の企業の協力を得なければならない。つまり、異なる風情の外資系シェアリングに対し、地域の受容性が試される。

いつの間にか、新しいビジネスモデルが中国から日本へ。中国企業が日本に持ってくるものは自転車だけではなく、スピードと情熱もある。シェアリングによって、日本人が現在の中国に少しでも関心を持ってくれることを願う。誕生200年になっても、自転車は時流に乗って栄える。現在、自転車は海と国境を越え、世界中の人々がシェアする道具になっている。自由・便利・包容、これが自転車の性格である。

そう言えば、私は日本に来てから自転車を使わなくなった。便利な交通機関に恵まれているからだ。しかし、ネット時代、スマホに浸る日々がひたすら続いていく中、たまには自転車に乗ってみるのもいいかもしれない。身近な街の景色と人々に触れられる。新しい時代に、自転車が新しい役割を果たすことを期待せずにはいられない。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。