金正恩氏

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北朝鮮が29日に発射したミサイルは、日本上空を通過した。北朝鮮が事前通告なしで発射したミサイルが日本上空を通過するのはテポドン1号が1998年8月31日に発射され以来、19年ぶりとなる。

トイレにも不自由

前日の28日、韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は、北朝鮮が核実験の準備を完了したと報告した。昨年の9月9日、北朝鮮は建国記念日にあわせて第5次核実験を行っただけに、周辺国はミサイルだけでなく核実験に対する警戒も強めている。

こうした流れを見ると、金正恩党委員長の核・ミサイルの暴走は日増しに加速しているように見られるが、やや弱気な一面も見え隠れする。

この間、米朝軍事衝突の危機が叫ばれるようになった要因として、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)が中距離弾道ミサイル4発を米領グアムに向けて発射する計画を8月中旬までに策定すると表明したことがあげられる。グアムへのミサイル発射威嚇は、定例の米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン」を牽制し、あわよくば中止に追い込む狙いがあったのかもしれない。

しかし、金正恩氏はここで腰砕けになる。

金正恩氏は14日、北朝鮮軍戦略軍司令部を視察。「(米国の)行動をもう少し見守る」と述べたのだ。

7月4日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」型の発射に立ち会った時に、ミサイルを米国へのプレゼントに例えて「これからも退屈しないように大小の『贈物包み』をしばしば送ってやろう」と豪語していたことに比べると随分トーンダウンした。

それでも、金正恩氏は米国への威嚇姿勢を見せ続けた。23日付の労働新聞によると、金正恩氏大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」型をはじめとする兵器の研究・開発を担う国防科学院を視察し、ICBMの弾頭部や固体燃料ロケットを「量産すべきである」と指示し、核兵器開発への変わらぬ執着を見せた。

25日には、北朝鮮軍特殊作戦部隊の競技を訪れ、「もっぱら銃剣で敵を無慈悲に掃討し、ソウルを一気に占領し、南朝鮮を平定する考えをしなければならない」と気炎を揚げた。

さらに、北朝鮮は26日、日本海に向けて短距離弾道ミサイルと見られる飛翔体を連続して3発発射した。これについて、韓国政府は改良型の300ミリ多連装ロケットであると推定している。

そして29日、日本上空を通過する中距離弾道ミサイルの発射を強行した。この間の動きを見ると、確かに金正恩氏の暴走は加速しているかのようにも見える。ただし、いずれの威嚇も米国との軍事衝突を巧妙に避けている。29日の中距離弾道ミサイルも懸念されていたグアム方向ではなく、太平洋側に向けたものだった。また、米国が最も警戒するICBMではなく、米本土に届かない中距離弾道ミサイルだった。

この裏には、米国を本気にさせない程度に抑える意図が込められているように思える。今回のミサイル発射を受けて、日本の河野太郎外相は「今まで(北朝鮮が)それなりの挑発し、米国がそれに対して対応を取ってきたことを考えれば、北朝鮮がそれに少しひるんだということだろう」と分析した。この見立てはあながち間違ってはいないかもしれない。

金正恩氏にとって最も重要なことは、自分を頂点とした独裁体制の維持である。そのためには、彼自身の権威を守らなければならない。とりわけ米韓が合同軍事演習で軍事的圧力を誇示している最中に、金正恩氏がなんらかの行動を起こさなければ、国内外から「やっぱり金正恩は戦争をするつもりはないし、出来ない」と見られかねない。とはいえ、威嚇行動が行き過ぎて米国を本気にさせてしまうと、百倍返しに合うかもしれない。そこで、米国との衝突を巧妙に避けつつ、いつでもどこからでも闘えるという姿勢をアピールしているのだ。

この間の現地視察で金正恩氏は、笑顔を振りまき、あたかも「米国なにするものぞ」という余裕を見せている。しかし、その裏では、国家指導部を狙う米韓の「斬首作戦」を警戒し、普通のトイレを使えない正恩氏にさらなる不便を強いてまで警備が強化されている。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

これ以外にも内部から伝わってくる金正恩氏の弱気な一面を見るに、彼はいざ決定的な局面になると及び腰になると思われる。だからといって、今回のミサイルも含めて金正恩氏の暴走を軽く見てはいけない。

この数年間で、北朝鮮は確実に核・ミサイルの精度を高めている。また、開発は今後も続けるだろう。金正恩氏が、より強力になった軍事力を背景に、米国とわたりあえるという自信、もしくは過信を持つに至ったら思わぬ行動に出るかもしれない。

今のところ日米韓は、金正恩氏の核・ミサイル開発を阻止させる有効な手段を提示できていない。そのうちに時間を与えられた北朝鮮は、着々と核・ミサイルの開発を続けるという悪循環に陥っている。

この悪循環を絶つためには、核とミサイルに固執しつづけるだろう金正恩氏に退場してもらうという選択も含めて、北朝鮮に対する戦略を練り直す時が来ているのではなかろうか。