窪田正孝と新田真剣佑、永野芽郁を巡る三角関係に 『僕たちがやりました』新たな友情の芽生え

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 無罪放免となって浮かれているのも束の間、パイセン(今野浩喜)の衝撃的な暴露によってドン底へと叩き落とされたトビオ(窪田正孝)たち3人。悪びれる様子もなく開き直るマル(葉山奨之)は再び熱海行きを画策し、イサミ(間宮祥太朗)は事件直後のように罪の意識を抱え込み、被害者の家を訪ねて歩く。

参考:葉山奨之、“何だか憎めない”笑顔が武器に 『僕やり』マル役から漂う不思議な愛嬌

 29日に放送された『僕たちがやりました』第7話は、彼ら4人がほとんど顔を合わせることもなく、それぞれが別々の道を歩きはじめる。逃亡生活から贖罪の日々へと転換し、ドラマは後半戦というよりは、佳境へと向かっているのだ。

 第6話のラストで、学校の屋上から飛び降りたトビオ。奇跡的に骨折で済んだものの、自分を信じてくれた蓮子(永野芽郁)への罪悪感に駆られた彼は、人生をリセットすることを決意する。そんな折、入院先の病院で偶然にも、自分を殺そうと躍起になっていた市橋(新田真剣佑)と遭遇してしまうのだ。

 蓮子への想いを断ち切ることができないが、何とか忘れようとするトビオ。そして蓮子に想いを告げながら、曖昧な返事しかもらえていなかった市橋。事件後には単なる敵だった二人が、恋敵となり、そして友情を芽生えさせるのである。外見的には何とも単純な思春期男子特有の結託感にも見えるが、あらゆる思惑が交錯していることは一目瞭然だ。

 もとを正せば「告白するために探す」と宣言した蓮子に、「殺すために探す」と言い放った市橋。異なる目的でも共に「トビオを探す」という目標に向かったことで急接近した二人。自尊心が高く、その分他人を思いやる気持ちを持った市橋の中では、蓮子の想いを叶えてあげたいという願いが感じ取れるのだ。

 そんな市橋とは対照的に、蓮子への未練を捨て去ろうと、リハビリ担当の女性医師を口説き始め、デートまでこぎつけるトビオ。市橋が蓮子に想いを寄せていることを知り(同じ相手に恋をしている男同士にのみわかる直感というやつだろうか)、「応援するよ」とのうのうと言ってのける。この、蓮子をめぐる三角関係の誕生によって、これまでのドラマの雰囲気を180度覆す、甘酸っぱい青春ドラマに変貌するのである。

 一緒にリハビリを積み、夜中に病院を抜け出してカラオケに行くトビオと市橋。ずっと恨み続けていたトビオのことを市橋は、「胸張って生きてる」と認める。新たな友情の芽生えを描いたこの場面のバックグラウンドに、印象的に流れる尾崎豊の代表曲は、トビオと市橋、ふたりの境遇をそれぞれ表しているのではないだろうか。

 最初にトビオが唄っているのは『15の夜』。仲間たちと連んで、些細な悪さをして、現実から解放されようとした中学生の頃の尾崎豊の思いを綴ったこの曲は、これまでの“そこそこ幸せ”を求めていたトビオのキャラクターに符合する。さらに、二番の歌詞にある「夢見てるあの娘の家の横を サヨナラつぶやき走り抜ける」というフレーズは、あえて蓮子を避けている現在のトビオの姿とも重なる部分がある。

 一方で、市橋が歌う『卒業』は、タイトルの通り学業からの卒業でもあり、歌詞にある通りの“支配からの卒業”を唄った歌である。しかし、それと同時に、仲間と連む『15の夜』とは対照的な、孤独の歌だ。自分を誇示するために他人を傷つけたことへの後悔と、自分や周りの環境が変わって行くことで孤独になって行くことへの恐れが描かれている。矢波高のリーダーとして君臨し、子分たちに裏切られて孤独になった市橋にとって、蓮子とトビオの存在は救いになるのだろうか。

■久保田和馬映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。